「消えた記憶の神社」

時は昭和の終わり、ある小さな街に住む行(いく)は、ごく普通の高校生だった。
彼は、部活動や勉強に励む日々を送っていたが、心のどこかに満たされない思いを抱えていた。
そんなある日、行は友人たちと共に、町外れにある古びた神社を訪れることになった。
地元の伝説によると、その神社には「永遠に記憶を失った者たちが集う場所」と呼ばれる不思議な現象があると言われていた。

その日は特に暑い夏の日で、友人たちは涼を求めて囲炉裏の前に座り込んでいた。
行も彼らの楽しそうな会話に混ざりながら、「この神社には何か不気味なことがあるのか?」と話題にした。
そして、友人のさとしが笑いながら言った。
「この神社に祈りを捧げると、永遠に忘れたい思い出が消えてしまうんだって」。

興味を引かれた行は、試しに一度祈りを捧げてみることにした。
神社の奥にある小さな祠へと向かうと、周囲は突如として静まり返り、鳥の鳴き声すら聞こえなくなった。
彼は、心の中で「忘れさせてほしい」と願った。
祈りを終えると、何かが視界の隅で瞬いた気がするが、行はそれを気に留めずに友人たちの元へ戻った。

しかし、その夜、行は奇妙な夢を見た。
夢の中で彼は、自分の大切な友達との楽しい思い出が流れ去っていくのを見ていた。
彼はそのことが気持ち悪くなり、目が覚めるとぼんやりとした不安感が押し寄せた。
翌日、彼は少しずつ大切な記憶が薄れていることに気がついた。
友人たちと過ごした日々や出来事が、まるで泡のように消えていくのだ。

不安を抱えながらも、行は何とか日常を乗り越えようとしたが、彼の脳裏には「忘れたい」という思いが強く残っていた。
その思いはさらに彼を苦しめた。
友人たちは行との距離を置くようになり、彼は孤独になっていった。
彼の心には、自分が本当に何を失ったのか、何が「永遠」であったのか、わからなくなっていた。

そのまま数週間が過ぎた頃、行は何かを取り戻せそうな気がして、再び神社へと足を運んだ。
祠の前に立ち、もう一度願おうとしたが、今度は本当の思い出は何だったのか思い出せないままだった。
彼は心の中で「戻してほしい」と呟いた。
しかし、神社は静まり返ったままで、何の反応もなかった。
彼は自分が何を燃やしてしまったのかに気がつき、自分を責めた。

再び夜が訪れると、彼は夢の中でたくさんの思い出を手放した者たちが彼の周りに現れた。
彼らは笑いながらも寂しそうで、行は彼らの視線に引き寄せられるように感じた。
彼はその瞬間、自分が本当に失ったものは思い出だけではないと悟った。
それは、大切な人たちとの関係であり、自分自身の一部だった。

次の日、行は神社に行くことを決意し、友人たちに連絡を試みた。
だが、彼の携帯電話は見当たらず、友人たちの姿も思い出せなくなっていた。
最初は気軽に思っていた「永遠に忘れる」という願いが、今や彼の心を完全に締め付けていた。
彼は誰も記憶に残せないまま、ただ神社に向かおうとした。

しかし、行が思い出したのは、最後の思い出の1つだった。
それは彼の家族や友人、そして彼自身の存在に関わるもので、自分がなぜここにいるのか、何を失ったのかを思い出させる瞬間だった。
彼は神社にもう一度向かうと、力強く祈りを捧げた。

「思い出を戻して欲しい」と叫ぶように。
彼の願いは届いたのか、やがて周囲がひとしきり明るく照らし出される中で、彼の家族や友人たちの笑顔が再び心に浮かび上がった。
だが、彼が神社を離れようとしたとき、「忘れることは永遠に続くことだ」と声が聞こえてきた。

彼にはもう、覚えているのか忘れてしまうのか、選ぶ余地がなくなっていた。
いつまでも痛みや苦しみの中で、彼は歩き続けることしかできないのだと。
それが、永遠の代償であった。

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