「消えた記憶の森」

深夜、山里の小さな村には、奇妙な噂が広まっていた。
それは、村の外れにある「ン」と呼ばれる場所のことだった。
そこへの道は薄暗く、木々が絡み合い、まるで入ることを拒むかのようだった。
しかし、好奇心旺盛な若者たちは、この神秘的な場所を探検することで、自分たちの運命を試そうとしていた。

ある晩、村の若者・裕樹は友人たちと共に、ンの探索を決意した。
彼は自分たちの村に伝わる伝説を思い出した。
ンに足を踏み入れた者は、必ず何かを失うという。
裕樹は、そんな噂には興味本位で挑むつもりだった。
みんなは意気揚々と夜の闇に踏み出した。

村の灯りが遠ざかるにつれ、彼らは次第に不安を感じ始めた。
道はますます狭く、周囲の木々の影が不気味に揺れた。
裕樹の心にはささやく声が浮かんできた。
「失うものなんて、何もないさ。ただの悪戯だろ?」彼はそう自分に言い聞かせた。

しかし、ンの入り口に到達した瞬間、異様な静寂が彼らを包み込んだ。
周りの音が消え、ただ自分たちの息遣いだけが響いた。
その時、裕樹の隣にいた友人の一人、翔太が突然立ち止まった。
「なんだか気持ちが悪い…帰ろう」とつぶやいた。
裕樹は、無理に進もうとする翔太を引き止めたが、その瞬間、翔太の姿がふっと消えた。

裕樹は驚愕し、頭の中が混乱した。
「翔太!」と叫ぶが、返事はなく、周囲は静まり返った。
彼は友人たちに目をやったが、他の者たちも動揺しているようだった。
裕樹たちは恐怖に駆られ、慌ててその場を離れようとした。
だが、あの消えた翔太の存在が、彼の心を捕えて離さなかった。

彼らは必死に村へ戻ろうと走ったが、どれだけ距離を稼いでも、同じ場所に戻ることしかできなかった。
裕樹は次第に、ここは出られない場所だと気づいた。
しかし、翔太が消えた瞬間の恐怖が彼の心を捉えて、冷静さを失っていった。

「裕樹、あなたは何かを失った気がしない?」友人の一人、亜美がぽつりと言った。
彼女の言葉は、裕樹の心に重く響いた。
そして、その時、裕樹はびっくりした。
なぜか、彼の記憶の中に翔太が存在していないのだ。
確かに、さっきまで彼と一緒にいたはずなのに、その影が薄れていくような感覚があった。

裕樹は周囲を見回し、「翔太はどこだ?」と叫ぶが、誰も彼の言葉に反応しない。
思い出そうとするたび、記憶は霧のように消えていく。
胸の中にある不安が彼を襲い、現実がどんどん歪んでいく。

「これは何だ…?」裕樹はつぶやくが、答えは見つからなかった。
裕樹は森の奥へと引きずり込まれ、彼の見えない束縛は強まっていく。
記憶の中の景色が変わり、彼はますます不安定になった。
友人たちの名前も、顔さえも遠ざかり、裕樹一人が存在しているかのようだった。

その時、再び周囲が静寂に包まれた。
かすかに聞こえる声が彼の耳に届く。
「失ったものを、探し回っているの?」それはとても優しい声だったが、裕樹は背中が凍る思いをした。
彼は失ったものを必死に思い出そうとしたが、何も掘り起こせなかった。

満ち足りた静寂が裕樹を包み込み、森の奥からは優れた美しい景色が広がったが、何も感じることができなかった。
その瞬間、彼は失ったもので一杯になっていく感覚を受け入れた。
そして彼は、自分が何を求めていたのか、どれだけ失い続けていたのかを悟ることができないまま、暗い森の中へと呑み込まれていった。

裕樹はもう戻れない。
自分の中の記憶も、友人も、存在すらも失ったのだった。
暗闇の中で、彼はただ失われた過去を探すことしかしなくなった。

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