「消えた計算式の影」

陽は、普通の大学生活を送るごく平凡な学生だった。
しかし、彼女の心の奥底には、誰にも言えない秘密があった。
それは、彼女が優れた計算能力を持っていることだ。
ある日、彼女は大学の数学の授業中に不思議なことに気づいた。
与えられた問題を解くと、必ずどこかのタイミングで計算が正確に一致しないのだ。
最初は単なる計算ミスだと思っていたが、何度も続くその現象に、次第に不安を覚えるようになった。

授業の後、友人たちと話し合っていると、クラスメートの田中が言った。
「最近、学校の階段が怖いって噂聞いた?」その言葉に反応した陽は、興味を持った。
その噂によると、階段の一部分に行くと、計算に失敗することが多く、さらにそこに立つと、なぜか人が消えるというのだ。
もちろん、噂は迷信だと彼女は思ったが、心の片隅で興味を禁じ得なかった。

その日の帰り、陽は階段を上がる途中にその場所に立ち寄ることにした。
恐る恐る立ち止まると、ひんやりとした空気が彼女の背筋を冷たくした。
彼女は思い切って、そこで簡単な数式を計算してみることにした。
数字を頭の中で思い浮かべ、答えをノートに書き留める。
すると、スラスラと解けるはずの問題が、次第に意味不明な結果を生み出していく。

陽は不安になった。
この階段に何かがあるのだと感じたが、同時にその異様な現象にどこか惹かれていた。
何度も繰り返して計算するうちに、彼女の心は不安と興奮で埋め尽くされていった。
周囲の物音が徐々に薄れ、彼女はその場所に完全に吸い込まれるように感じ、計算の世界に閉じ込められたかのようだった。

そのとき、陽の目の前に突然、霧のような影が現れた。
影は無言で彼女を見つめ、まるで彼女に何かを伝えようとしているかのようだった。
陽は後ずさりし、恐怖で心臓が早鐘を打つ。
影は彼女の周りをぐるぐると回り、彼女の計算していたノートを奪い去った。
陽は慌てて追いかけようとしたが、足が動かず、その場を離れることができなかった。

影は次第に鮮明になり、その姿はまるで陽自身を模したようだった。
驚愕の思いで見つめる陽。
その影は、自分が抱えていた覚えのない計算式や数値を浮かび上がらせると、それを次々と混同していった。
陽は理解した。
これまでの彼女の計算は、彼女自身の過去や未来の一部を成しているのかもしれないということを。

影は計算の結果によって、陽の記憶や存在を消し去ろうとしていた。
意識が薄れていく恐怖を感じながら、彼女は自分を取り戻すために叫んだ。
「私は私だ!私の過去も未来も、私のものだ!」その瞬間、影は急に動きを止めて、彼女の方をじっと見つめた。
陽はその視線を感じ、全てを受け入れることにした。

計算の異常に逃げず、彼女は自分の過去、そして失った記憶を取り戻し、今この瞬間を受け入れることを決意した。
強く心の中で繰り返すうちに、影は掻き消え、彼女は階段の一番下に立っていた。

それ以来、陽の日常は変わった。
新たな計算能力が芽生え、彼女はやがて他人の助けを必要とせず、数学を自由自在に操ることができた。
影との遭遇は彼女に、覚醒の瞬間を与え、彼女自身の力を信じる勇気を与えてくれたのだ。
陽は、自分が求めていた真の自分を見つけるための旅をこれからも続けていく。

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