彼の名は健二。
健二は大学の授業の一環として、古い伝承が語り継がれている小さな村へ向かった。
この村は、山に囲まれた静かな場所で、未だに昔の風習を守り続けている。
そして、その村には一つの恐ろしい秘密があった。
村の人々は、毎年一度、「記念碑祭り」と呼ばれる祭りを行う。
その際、村の中央にある古い石碑の周りで、村の人々は死者の供養を行うという。
しかし、祭りには一つ不可解な点があった。
それは、祭りの中で語られる「消えた者」の伝説だ。
誰もがこの伝説を知っている。
それは、数十年前、ある村人が祭りの夜に失踪したことで始まった。
彼は祭りの最中、石碑の近くで仲間と話していたが、気づけば姿を消していた。
それ以来、毎年祭りの夜には一人が消えるという不吉な予兆が続いている。
健二は、これをテーマにしたレポートを書こうと決意し、祭りの日に村に滞在することにした。
祭りが始まると、村の広場には提灯が灯り、賑やかな音楽が流れ、人々の笑い声が響いた。
しかし、健二の心には不安がよぎった。
祭りの雰囲気とは裏腹に、村人たちの目はどこか冷ややかで、虚ろな印象を受ける。
祭りが進むにつれ、彼はその異様な感じに引き込まれていく。
夜が更けるにつれ、村の広場は賑やかさを失い、静寂が包み込んでいった。
健二は友人たちと別れ、一人石碑の近くに足を運んだ。
そこには、石碑に供えられた花々と、周囲を囲むように立ち並ぶ村人たちがいた。
彼らは無言で震えていた。
突然、後ろから女性の声が聞こえた。
「あの場所は近寄ってはいけない…」振り返ると、一人の老婆が立っていた。
彼女の顔には緊張と恐怖が混じっていた。
「毎年、一人が消える。それがこの祭りの呪い…」
健二は聞いたことのある話だが、遊び半分で来たことを後悔することはなかった。
しかし、好奇心が勝り、老婆の注意を無視してその場を離れた。
すると、周りの空気が一変し、氷のような寒さが彼を襲った。
彼は急に意識が薄れていくのを感じ、何かが背後から迫っているような感覚を覚えた。
次の瞬間、視界が暗転し、健二は気を失った。
目を覚ますと、目の前には再び石碑があった。
しかし、何かが違っていた。
周囲には人々が立ち尽くし、その表情は驚きと恐怖に満ちていた。
彼らは、石碑の前で何かを見ている。
健二も目を凝らし、視線の先にある光景を理解するのに時間がかかった。
そこには、まさに自分自身が立っているかのように見えた。
だが、それは自分とは異なる、虚ろな目を持った自分だった。
健二は驚愕し、逃げ出そうとしたが、周りの村人の手が彼の腕を掴んだ。
「出てはならない…消えてしまう…」彼の声は、かすれた空気のように響いた。
その瞬間、健二の心にある思いが浮かび上がった。
自分はなぜここにいるのか、何を求めているのか。
彼の頭には、失われた記憶が回想され、次第にそれが明かされていった。
彼はこの村の祭りに、消えていった人々の記憶を求めていたのだ。
心の底でそんな声が聞こえると、少しずつ意識がはっきりとしてきた。
目の前の虚ろな自分は、自分のもう一つの側面だった。
健二の心は恐怖に包まれたが、同時にそれを受け入れなければならないという覚悟が生まれた。
彼は、自分を消し去ろうとする影に立ち向かう決意を固めた。
「消すのはやめてくれ!私を思い出してくれ!」その声が、健二の頭の中で響いた。
周囲の村人たちもその声に耳を傾け、彼をじっと見つめる。
すると、石碑が微かに光り始めると、不気味な気配が薄れ、周囲が動き出した。
健二は強く意識を持ち直し、石碑に呼びかけた。
「私の思い出を返して!」その瞬間、光が彼を包み込み、村人たちの表情が変わっていく。
消えた者たちの思いが戻ってくるように、健二は自己を取り戻した。
目を開けると、彼は無事に広場に戻っていた。
周りには驚いた顔をした村人たちがいた。
祭りは続いているが、今までのような恐怖感は消えていた。
そして、彼は消えた者たちの記憶を取り戻すことができたのだ。
その日以来、健二はこの村の祭りを忘れない。
まるで彼自身がその一部であるかのように消えそうになった瞬間、自分を取り戻すために戦った記憶を抱えて生き続けるのであった。