隠れた山奥には、ひっそりとした村が存在していた。
その村に住む天は、幼い頃から不思議な現象を体験する特異な少女だった。
彼女の周りでは、いつも「ざわめき」が聞こえ、毎日のように夢の中で誰かと「廻る」ような感覚を覚えていた。
この「ざわめき」は、村の人々にとっては殆ど無視されていたが、天には確かな存在感を持っていた。
村には、過去に結ばれた「絆」がある。
それは、かつて村人たちが互いに分かち合った幸福や悲しみ、喜びや苦しみを意味していた。
しかし、世代が変わるにつれてその絆は薄れ、村はいつしか不気味な静寂に包まれるようになっていた。
人々は町を離れ、村に住む者はごく少数となり、天はその中で孤独を感じることが多くなった。
ある日、天は再び夢の中で「廻る」感覚を覚えた。
夢の中で彼女は同じ村に住む昔の友人、桜に出会った。
桜は笑顔で駆け寄って来るが、その目はどこか透き通るような悲しみに満ちていた。
「私を忘れないで」と伝えようとした瞬間、天は目を覚ました。
夢は現実のようにリアルで、彼女は一瞬、桜のことだけを考えた。
翌日、村の古びた神社の近くで、生活のために必要な食糧を探していた天は、ふいに足元の石が一際目を引いた。
何かが彼女を呼び寄せているような気がして、その石を触れると、彼女の心に異様な感覚が走った。
それは「ざわめき」と「廻る」感覚が同時に訪れた瞬間だった。
天はその石とともに不気味な光に包まれ、不覚にも引きずり込まれるかのように消えてしまった。
彼女が目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。
周囲には手入れされた庭が広がり、咲き誇る花々の中に桜の姿が立っていた。
しかし、彼女の心には恐怖が広がっていた。
桜は以前と何ら変わらず、明るい笑顔を見せたが、その奥には失われた絆の痛みが隠れていた。
天は彼女に近寄り、何が起こったのか尋ねた。
すると、桜は静かに語り始めた。
「私たちの絆が薄れたから、村は穢れ、私はこの場所に留まることになったの。あなたが思い出してくれれば、私もここから解放されるかもしれない」と。
天はその言葉を理解することができず、ただ信じられない思いで立ち尽くした。
それから、天は毎晩、桜の夢に誘われ、互いの思い出や約束を語り合うようになった。
二人の間の絆が強まるたび、夢の中で出会う時間は長くなり、その間に村での出来事や愛しい思い出を次々と思い出させられた。
村人たちが忘れ去ろうとした温かい感情や、善良な記憶を桜に少しずつ分け与えることで、天は桜の解放と共に、自らもその村を救おうとしていたのだ。
しかしある晩、天は夢の中で異変に気がついた。
桜の姿が徐々に消えていくように感じた。
天は必死に叫んだ。
「お願い、私たちの思い出を忘れないで!」と。
その瞬間、桜の周囲が光で包まれ、その中で彼女は微笑みながら言った。
「あなたのおかげで私は解放されるわ。私の存在を覚えていてください。」
次の朝、天は神社の石の前で目を覚まし、村が少しだけ明るくなっていることに気づいた。
人々の足跡が戻り、村にはかつての賑わいが戻りつつあった。
桜の思いを胸に、天はこれからも彼女の思い出を語り継いでいくことを決意した。
彼女の中に宿る「ざわめき」は、村の未来を照らす光の契機となり、失われた絆は再び思い起こされることになった。