深い山々に囲まれた小さな村に、佐藤という名の男が住んでいた。
佐藤は一人暮らしで、普段は山の中での狩猟や畑仕事をして過ごしていた。
彼は人付き合いが苦手で、村の人々ともあまり関わらずに生活していた。
しかし、ある日、彼の生活は思わぬ方向へと進んでいく。
ある晩、佐藤は仕事から帰宅すると、村の若者たちが集まっているのを見かけた。
彼らはお祭りの準備をしており、賑やかな声が響いていた。
興味を惹かれた佐藤は、思い切って彼らに話しかけてみることにした。
若者たちは彼を温かく迎え入れ、お酒を勧めてくれた。
お祭りは村の年中行事で、今年は特に多くの人々が集まるという。
その夜、佐藤は久しぶりに楽しい時間を過ごした。
祭りの雰囲気に飲まれ、いつの間にか彼は村の人々と深い絆を感じるようになっていた。
しかし、夜が更けるにつれて、周囲の雰囲気が次第に怪しくなっていく。
村人たちが、一つの場所に集まって何かを囁いているのが見えた。
佐藤はその集団に吸い寄せられるように近づいてみた。
すると、彼らは一軒の古びた家の前に立っていた。
家は村の外れにあり、誰も住んでいないと言われている場所だった。
その家には「生け贄」という言葉が刻まれた木の札がかかげられていた。
村の古い言い伝えによると、この家には何か恐ろしい存在が住んでいるらしく、時折人が消えてしまうことがあるという。
若者たちは、勇敢な者がその家に入って、その存在に立ち向かうことを提案していた。
佐藤の心の中に、不安と恐怖が入り混じっていたが、若者たちの挑戦的な雰囲気に押され、彼もまたその家に入ることを決める。
祭りの賑わいとは打って変わって、家の中は静寂に包まれていた。
薄暗い廊下を進むにつれて、冷たい風が彼の背中を撫でるように吹いた。
家の奥に進むと、広い部屋にたどり着いた。
その部屋は異様な雰囲気に満ちており、部屋の真ん中には古い祭壇が置かれていた。
祭壇の上には、何か不気味な儀式に使われると思しき物が並んでいた。
佐藤の心臓は高鳴り、逃げ出したい気持ちに駆られるが、足は重く動かなかった。
突然、部屋の中に冷たい空気が流れ込むと、目の前に一人の女の霊が現れた。
彼女は悲しげな表情を浮かべ、まるで助けを求めているかのようだった。
佐藤はその姿に強く惹かれ、近づいていった。
しかし、彼女の唇が動くと、言葉にならない叫び声が彼の耳に響き、彼は体が硬直してしまう。
その瞬間、彼は意識を失い、暗闇の中に沈んでいった。
気がつくと、彼は再び村の祭りの真っ只中に立っていた。
しかし、周囲は異様に静まり返っていた。
ふと、自分の手足が消えていく感覚に襲われた。
まるで彼自身が霊の一部となり、次第に周りの景色がぼやけていく。
祭りの喧騒は次第に遠ざかり、彼の存在は完全に消え去った。
村人たちはその後、佐藤の行方を探したが、彼は二度と姿を現さなかった。
人々の記憶の中からも、彼の名前は薄れていく。
そして、新たな祭りの度に、古びた家の前を通る者は、その恐ろしい生け贄の伝説を耳にするのだった。
佐藤の消失は、村で語り継がれる恐ろしい怪談となり、いつしか新たな命を生み出すことはなく、凍てついた山々の中に、悲しみだけが残ることになった。