「消えた白い影」

山奥の小さな集落に、健太という青年が住んでいた。
彼は子供の頃から、家族が飼っている犬、白い毛のポメラニアン、ポチと非常に仲が良かった。
ポチはいつも健太の側にいて、彼と共に遊び、成長していった。
しかし、数年前、ポチが突然、失踪してしまう。

何日も探し回ったが、ポチは見つからなかった。
健太は悲しみに暮れ、彼の存在を感じるために、ポチによく連れて行ってもらった山の中腹に足を運ぶことにした。
そこで健太は、ポチと過ごした思い出がよみがえるのを感じた。
しかし、同時に、どこか不気味な静けさに包まれていた。

その日は特別に静かだった。
風の音も、虫の鳴き声もない。
健太は体を震わせながら、木々の間を進んだ。
その瞬間、ふと視界の隅に白いものが見えた。
それは、まるでポチが立っているかのように見えた。
驚いて近づくと、それはただの白い石だった。
健太は胸が張り裂ける思いをしながらも、きっとポチはこの山のどこかで待っているに違いないと思った。

日が暮れかけた頃、健太は山の奥深くへ進んでいた。
すると、不意に背後で小さな声が聞こえた。
「健太…」その声はポチのもののように感じた。
健太は振り返ったが、誰もいない。
冷や汗が背中を流れ、嗚咽をこらえる。

「ポチ…?」と呼びかけても返事はない。
ただ、同じ声が木々の間から再び聞こえる。
「健太、こっち…」その声に導かれるように健太は進んでいく。
どう動いても、まるで全てが妙に現実とは違って見えた。
頭の中には不安が渦巻き、何かが消えかけているような感覚を抱えていた。

その声の主はどんどん遠のいていくようだった。
懸命に追いかけても、影は見えず、ただ風のない山の中で声だけが響いていた。
「私を見つけて…」それはポチの声であるに違いない。
だが、その声は明らかに何かを訴えかけていた。
健太は足を止め、考えた。
「本当にポチなのか…それとも、何か別のものが私を呼んでいるのか…」

すると、その時、健太の心に印として残ったのは、ポチが好きだった場所だった。
それは、彼が子供の頃、ポチとよく遊んでいた場所。
心のどこかで、ポチの魂がその山に留まることを願っているようにも感じた。

ついに健太は、その場所へとたどり着いた。
目の前には、信じられないほど美しい景色が広がっていた。
しかし不気味なことに、その場にはポチの姿はない。
彼の心は果てしない空虚感に覆われ、涙があふれた。
周囲の静まり返った空間に、再び声が響く。
「ラ…参ったよ、健太…」

その瞬間、思考が混乱し、健太は振り返った。
すると、もう一度、背後で音がした。
「消えようとしている…」その声は、まるでポチが自らを諦めているように響いた。
ひたすらに追い求めたポチの存在が、そして彼自身の心の奥底にある恐れや悲しみが、この山に吸い込まれるような感覚に襲われる。

心の中の想いを必死に掘り下げ、自分が何を求めているのかを理解しようとした。
その瞬間、ふと視界の端に白い毛の小さな姿が見えた。
思わず健太は声を上げる。
「ポチ!」その声の後、一瞬で視界が暗転した。
再び音が消え、静寂に包まれた。

次の日、健太は村に戻った。
ポチを探し続けた日々は、恐れと共に空虚な思い出たちに変わっていった。
しかし、心の中にはいつもポチがいた。
彼が消えたあの日、あの山に何かを失った。
一生忘れない思い出として、彼の存在が印として残り続けるのだった。

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