秋の深まるある晩、灯のともる小さな町に住む乗は、家の近くの公園を歩いていた。
彼は日々の忙しさに疲れ、心を癒やす場所を求めていた。
公園は薄暗く、木々の間から漏れる月明かりがわずかに道を照らしている。
ふと、乗は公園の隅にある古い木製のベンチに目を向けた。
そこには一人の女性が座っており、彼女の周りだけが不思議な光に包まれているように見えた。
近づいてみると、彼女は綺麗な黒髪を持ち、優雅な姿勢で灯を優しく手に持っていた。
乗は彼女に引き寄せられるように座り、話しかけた。
「この公園で、こんな夜によく見かけるの？」彼女は微笑み、静かに首を振った。
「私はここに、もう何年も住んでいるわ。」
彼女の名前は露。
乗は彼女の名を聞くと、心の奥に何か温かいものが湧き上がるのを感じた。
彼女は優しい声で、町のことや日々の出来事について語り始めた。
それらの言葉は、乗にとってどこか懐かしい感覚を呼び起こし、心の疲れを忘れさせてくれた。
毎晩、公園に通う乗は露と話すことが日課になった。
彼女の語る物語には、愛情と寂しさが混じり合っており、彼はその魅力にすっかり惹かれていた。
しかし、彼女の身の上には何か不気味な影が潜んでいるような気がしてならなかった。
露との関係が深まるにつれて、乗は彼女の存在を手放せなくなった。
しかし、彼は次第に不思議な現象に直面するようになった。
露が語る言葉には、次の日には消えてしまう思い出のような、儚いものがあり、いつも彼の心をざわつかせた。
彼女は自分の過去について語ろうとしない。
ある晩、乗はとうとう彼女に詰め寄った。
「露、君の本当のことを教えて。何があったの？」
露は少しの間沈黙した後、ほんの微かに涙を浮かべた。
「私には、かつて大切な人がいたの。でも、その人は私の愛を受け入れられず、去ってしまった。それ以来、私はこの公園に残っているの。」乗は胸が痛んだ。
「それが君を囚えたのか？」
露はうなずいた。
「私の愛は、この町に留まっている。でも、愛には形がないから、手に入れることができない。あなたには、そんな不幸な運命を背負ってほしくない。」
乗は思わず彼女の手を取った。
「大丈夫、私はここにいる。君のことを大切にします。」
しかし、それから数日後、露の姿は公園から消えてしまった。
乗は彼女がいなくなったことに驚き、胸の中に穴が空いたような感覚に襲われる。
毎晩公園に通い、彼女のことを思い出しながらそのベンチに座ったが、露の明るい灯はもはやそこにはなかった。
彼は何度も公園に通い続けたが、露との思い出は次第にぼやけていく。
乗は彼女の愛を感じたい一心で、再び彼女を呼び寄せるために何か特別なことを試みようと決意した。
それは、彼女の名前を口に出して呼ぶことだった。
「露、戻ってきて。」
月日は経ち、乗は毎晩その言葉を繰り返した。
しかし、彼女は戻ってこなかった。
乗は、愛することへの恐れと、その愛が形を持たないことの苦しさに苛まれていく。
ある晩、乗はふと気づいた。
灯の優しさは、多くの人々の心に灯る希望に変わることができるのだと。
彼は心に彼女を抱きしめ、その思いを持ち帰ることに決めた。
そして、いつか露が戻ってくることを信じながら、彼は彼女の愛を心の中で繋ぎ続けることにした。
今でも公園には、乗が座るベンチがある。
周りには人々が訪れ、温かい灯りがともる。
彼の心の中では、露との愛が消えないまま、彼女の物語が静かに続いているのだった。
