「消えた村の影」

薄暗い原の中に、かつて小さな村があった。
村の名は「黒影村」。
今はもう存在しないその村は、誰も近づかない不気味な場所として語り継がれていた。
そんな原に、間という一人の若者が訪れたのは、何か特別な目的があったからだ。

間は村の伝説を探るため、取材を兼ねてこの場所に来た。
彼は大学で民俗学を専攻しており、特に怪談や都市伝説に強い関心を持っていた。
黒影村には、昔、住人たちが村を利用する人々の姿を見ていると、彼らはいつしか「人を消してしまう」悪しき影となってしまったという言い伝えがあった。
人々が「影」に飲み込まれ、二度と戻らないという怖ろしい伝説だった。

その日、間は村があったとされる場所を探索することにした。
あたりは静まりかえり、鳥の声すら聞こえない。
歩を進めるごとに、心の中に小さな不安が広がる。
しかし、彼は意を決して、その不気味な感覚を無視することにした。

散策を続ける中で、間は動かない風景と紫色の夕暮れに包まれ、時折影が彼の視界にちらつく気配を感じた。
それはまるで、村の住人たちが彼を見つめているかのようだった。
「まさか…本当に何かいるのか?」彼の思考は一瞬にして不安に覆われる。

彼は村の中心に向かうにつれ、目の前に古びた神社が現れた。
神社の周囲には藪が茂り、まるで人々の姿を隠すかのように見えた。
そこで、彼は神社の祭りに使われていたであろう朽ち果てた灯篭と、地面に埋もれた石碑を見つけた。
石碑の文字は風化して読めそうにないが、彼は好奇心で近づくことにした。

辺りはますます暗くなり、薄暗い影が一層濃くなっていく。
そのとき、間の背後に何か気配を感じた。
彼は振り返るが、そこには誰もいなかった。
しかも、視線を感じるのである。
心臓が高鳴り、彼の体が硬直した。
と、ふと手元で何かが動くのを見つけた。

「影、何かがいる…」彼は息を呑み、先ほどの影が彼のすぐ後ろにまで迫っているのを感じた。
どうしても振り返ることができず、意を決して前へ進むことしかできなかった。
その影は徐々に明確になり、ただのものではない何か、恐ろしい存在が近づいているのだった。

彼は急いでその場を離れようとした。
だが、足が動かなくなり、身体がまるで冷凍されたように制約を受け、彼の心に恐怖が広がっていく。
目の前にいた影が、不気味な笑みを浮かべて間に向かって手を伸ばしていた。

「消えてしまう…」

影は彼に囁くように言った。
間は恐怖で涙をこらえながら必死に抵抗するが、影はただ近づいてくる。
次第に冷たくなる身体、その感覚が全てを呑みこみ、彼は次第に力を奪われていった。
そして、どうにかして逃げようとしても、逃げる先には何もない「虚無」が広がっていた。

「私は消えるのか…?」

恍惚とした表情で、間はふとその言葉を口にした。
彼はどこか遠くの記憶の中にいた。
守られていた日常の温もりが薄れ、彼を包み込む影の冷たさが際立ってくる。
彼はこの世から「消える」ことの恐ろしさに気づき始めていた。

心の中で叫び続けたが、声はすでに届かなくなっていた。
自らの喉が締め付けられ、目の前が真っ暗になる。
影は彼を完全に包み込み、間の意識は遠のいていく。
そして、彼は静かに消え去った。
「黒影村」の中で、再び誰かの口から語られることのない存在へと。

夜が完全に明けると、原は静寂に包まれ、名もなき影たちだけが、ただ静かに見つめているのだった。

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