「消えた旅人の丘」

原の奥深くには、かつて人々が失踪したという噂が絶えない場所があった。
その名も「消えた旅人の丘」。
観光客が訪れることはあれど、決して賑わうことはない。
ある夏、普通の大学生である田中大輝は、友人たちとの冒険心に駆られ、この丘を訪れることに決めた。

大輝はその日、友人の佐藤とともに原の秘境を求めて出発した。
彼らは自己満足のために、少しばかりのリスクを冒すことにしたのだ。
目的地である消えた旅人の丘には、「ここに足を踏み入れた者は二度と戻れない」という言い伝えがあったが、彼らはそんな過去を笑い飛ばすような無邪気さを持っていた。

その道中、大輝たちは誰もいない静かな原を歩いていた。
草木のざわめきや鳥のさえずりが心地良い音を響かせていたが、次第にその音も消え、周囲は静寂に包まれていった。
まるで何かが彼らの存在を察知したかのように。
不安を感じた大輝は、互いに顔を見合わせた。

その時、ふと何かが動いたような気配を感じた。
草むらの奥から、白い服を着た少女がひょこっと顔を出した。
彼女は長い髪をたなびかせ、かすかな微笑みを浮かべていた。
好奇心にかられた大輝は、思わず彼女の方に近づいていった。

「君はここで何をしているの?」と大輝は尋ねた。
少女はただ微笑み、何も答えない。
大輝は得体の知れなさを感じながらも、彼女に惹かれていく自分を止められなかった。
一方、佐藤は少し距離を置いて様子をうかがっていた。

突然、少女は大輝に向かって指を差した。
その指の先に目をやると、大輝は驚愕する。
そこには一面の花が広がっており、その花の中には特徴的な形の石が混ざっていた。
それはまるで、誰かの意思が刻まれているかのように見えた。
興味を持った大輝は、その石をつかみあげた。

「それは触れちゃいけないものだ」と佐藤が制止するが、大輝はその声を無視してしまった。
石を握った瞬間、手に伝わる温かさと共に、どこからともなく「私を探して」と言う声が聞こえた。

その瞬間、周囲の風景が一変した。
原の明るさが薄れ、あたりは幻想的な靄に包まれる。
少女は消えてしまい、ただ空虚な空間で大輝一人が取り残されていた。
彼は恐怖に駆られ、周囲を見渡したが、佐藤の姿も見えなかった。

大輝は心の中で「何が起こったんだ」と混乱しながら、その場を離れようとしたが、足がすくんで動けなかった。
彼の周りには、まるで人々の笑い声が響いているかのような感覚が広がっていた。
だが、どうしてもそれが実体を持たないことに気付いた。

さらなる不安が押し寄せてきたとき、やがて、奇妙な声が聞こえてくる。
「私を探して……私を助けて……」大輝はその声に引き寄せられるように、気がつけば少女の姿を探し始めていた。
声が示す方向に向かうにつれ、彼の心は強く引かれていく。
しかし、それが失われた旅人たちの叫びだったと気づくのは後のことであった。

彼の頭の中に映るのは、瞬く間に変わり行く景色、失った時間、周囲の草木が彼の足元に絡みつく様子だった。
次第に体力も尽き果て、彼は地面に崩れ落ちた。
しかし、そこから意識がさらなる暗闇へと引きずり込まれていくのを感じた。

ふと気がつくと、大輝はまた手に石を持っていた。
そこから目を離せなくなり、彼の意識はその石の中に吸い込まれていくようだった。
最後の瞬間に見たのは、遠くに立つ少女の微笑みと、手を差し伸べるその姿だけだった。

数日後、大輝の友人たちは心配して原に足を運んだが、彼の姿はどこにも見当たらなかった。
彼は失われた旅人の一人として、ただ静かに原に रहतेているだけだった。
その後、誰もがその丘を避けることとなり、消えた旅人の丘はただの噂として語り継がれることとなった。

タイトルとURLをコピーしました