「消えた教授と黒い石の伝説」

幽暗な地下庫、そこは普段あまり人の立ち入らない場所だった。
古びた蓄音機の音が微かに響き、冷たい空気が静かに流れ込む。
地下庫には、過去の遺物や書物が無造作に積まれ、何世代にもわたる時間が止まったようだった。
中でも、特に目を引くのは、磨かれた黒い石の板で、その表面には奇妙な印が刻まれている。

ある晩、大学の講師であり、民俗学を専門とする田中は、一人でこの地下庫を訪れた。
彼は、古代の呪術や伝承を研究しており、地下に眠る知識を求めて訪れたのだった。
その場の静寂に心を落ち着けながら、彼はその石の板に近づき、その印をじっと見つめた。

突然、薄暗い庫の中で明かりがともった。
田中は驚いて後退り、目の前の石の板が微かに光を放つ様子を見つめた。
奇妙な印は、光の中で蠢き、まるで生きているかのように動いている。
何かのサインなのだろうか。
田中は、昔から民間伝承で語られる「消滅」の儀式を思い出した。
この印は、もしかしたらその伝承と関係があるのかもしれない。

その瞬間、彼の視界がぼやけ始めた。
目の前の石の板が、まるで引き込まれるように見えてきた。
思わず手を伸ばし、その冷たい表面に触れた。
すると、彼の意識はどこかへ吸い込まれるような感覚に襲われた。

次の瞬間、突然、彼は長い廊下に立っていた。
周囲は真っ暗で、何も見えない。
ただ、彼の手の中にはあの黒い石の板がしっかりと握られている。
田中は心臓が高鳴るのを感じながら、前方に進み始める。
どこに向かおうとしているのか、自分でも分からなかった。

やがて、彼は廊下の端にある小さな扉を見つけた。
扉の向こうから、かすかな明かりが漏れ出ている。
逃げ場を求めて、田中はその扉を開けた。
しかし、そこに広がるのは、断崖に立つ師の姿だった。
その師は、彼を見つめながら何も言わずに立っている。
田中は驚きつつも、彼の元へと足を進める。

「この印は、私が長い間探していたものだ」と師は静かに口を開いた。
「しかし、その代償は大きい。光を求める者は、必ず消えてしまう運命を背負うのだ。」

田中は混乱し、何が起こっているのか理解できなかった。
だが、その言葉が胸に突き刺さった。
彼は、そこに立つ師の姿を必死に捉えようとしたが、次の瞬間、師は光の中に消えていった。

「消えた…?何が起こっているんだ…」

田中は混乱しながら、追いかけようとした。
しかし、彼の足元から光が広がり、どんどん彼を取り巻いていく。
「逃げられない…」その言葉が頭の中に響く。
「ただ消えるだけだ…」

恐れを抱きながら、田中は振り返った。
あの黒い石の板は、今も目の前で光を放っている。
彼はそれを見つめながら、より強く引き寄せられる感覚を感じた。
先ほどの師の言葉が、まるで呪文のように再び耳に響く。
光を求める者の運命。

田中はそのまま力を抜いた。
全てが虚無に包まれ、暗闇に引き込まれていく。
彼の身体は消え、石の板はその場に一つ、また一つと、消えた者の印となって残された。

その後、地下庫には田中の姿が消えたまま、石の板が静かに微かに光を放ちながら佇んでいる。
誰もその庫を訪れることはなかった。
過去の知識と共に、彼の存在もまた、深い闇に沈み込んでいったのだった。

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