森の奥深くに位置する造町は、静寂に包まれた美しい場所だった。
しかし、その美しさの裏には、数世代にわたって語り継がれてきた忌まわしい伝説があった。
伝説によれば、愛する者を亡くした者が、その悲しみを背負って夜の森に消えてしまうことがあるという。
彼らは森の精霊に呼ばれ、二度と戻れなくなる。
そんなある夜、23歳の高橋亮は、彼の幼馴染であり、長年の恋人である麻美を事故で失った。
亮はその喪失感に耐えられず、麻美との思い出が詰まった雑木林へと向かった。
彼の心には暴力的な感情が渦巻いていた。
麻美を失ったことへの恨み、世界への憎しみ、すべてが彼を蝕んでいた。
亮は森の奥で、麻美と一緒に過ごした場所に立ち尽くした。
そこは二人が初めて「愛している」と交わした場所でもあった。
月明かりが木々の間から差し込み、薄暗い中に彼女の幽霊が現れるかのような期待感があった。
しかし、ただ静まり返った森の中で、自分の叫び声だけが響く。
「麻美、戻ってきてくれ! 僕はこんなに苦しいんだ!」亮は叫んだ。
その声は森の中に消えていく。
すると、ひんやりとした風が吹きぬけ、彼の周囲が急に静まり返った。
亮は何かが自分を見ているような不気味な感覚を抱いた。
心臓の鼓動が早まり、冷たい汗が額を流れた。
その時、彼の目の前に一筋の光が現れた。
それはまるで麻美の温もりを感じさせるような、柔らかい光だった。
「亮…」その声は、確かに麻美の声だった。
しかし、彼の心には恐れと興奮が入り混じっていた。
「麻美、君なのか?」彼はその光に近づこうとした。
しかし、その瞬間、光は消え、彼は暗闇の中で一人ぼっちになった。
周囲の木々が揺れ、何かが彼を引き寄せているように感じた。
亮は一歩後退り、その場から逃げようとしたが、足がすくんでしまった。
次第に、心の奥に潜む暴力的な感情が彼を支配し、消失した麻美への執着が強まった。
「愛しているからこそ、消えないでほしい」という思いが、彼をますます苦しめた。
そして、彼は再び叫んだ。
「麻美、君がいないのは許せない! 僕も一緒に連れて行ってくれ!」
その言葉が、奇跡を呼び起こしたのか、森の空気が急に凍りつくように冷たくなった。
亮の視界が歪み、薄い靄の中に麻美の姿が現れた。
彼女は無表情で、ただ立ち尽くしていた。
亮はその姿に駆け寄りたかったが、視線が彼女の足元に吸い寄せられた。
彼の心の奥から沸き上がる憎しみの感情が、彼女を傷つけることになるのではないかという恐怖を抱かせた。
「どうして消えてしまったの? 私たち、すべてを捨ててもいいから、一緒にいてほしい!」亮は気が狂いそうになりながら叫んだ。
すると、麻美は悲しげに微笑みながら、指を差した。
その先には、今まで気づかなかったような、夜の森の奥深くへと続く小道が見えた。
亮はその小道に誘われるように、言葉もなく歩き出した。
道は次第に不気味なものとなり、彼の心をさらに掻き乱す。
道の両側には、彼の心の中の曖昧な感情が具現化したかのような影が現れ、彼をさまざまな過去の痛みに引き寄せようとしている。
彼はその影を振り払おうと必死だったが、次第に心が麻美だけのことを思い出すことに集中すると、少しずつ彼自身も消えていく感覚を覚えた。
「麻美、僕も…一緒に消えたい…」亮は嗚咽しながら呟いた。
彼の思いは、ついに力強い願望となり、彼を麻美のもとに連れて行った。
彼の最後の意識が薄れゆく中、彼は彼女の温もりを感じ、やがて完全な闇へと溶け込んでいった。
こうして、亮は森の中で消えていった。
それからは、誰もその場所には近づかなくなった。
造町は静けさを取り戻し、次第に亮の存在も、麻美の記憶も、誰の心にも留まらないただの伝説となっていった。