静かな村の外れにある雑木林。
その深い闇に潜むように、妖の姿をした少女が住んでいた。
彼女の名は美月、彼女は村人から「消えてしまう妖」と恐れられていた。
美月は、誰にも触れられず、誰もが近づかない場所に薄い体を漂わせるように存在していた。
一度見かけた者は、まるで夢のような彼女の姿を忘れてしまうと噂されていた。
ある日、村の若者、健太は勇気を振り絞ってその雑木林へと足を運んだ。
美月の噂を聞くうちに、彼女の真実を知りたくなったのだ。
彼は、村から少し離れた場所で、美月に出会うことを心から望んでいた。
しかし、周囲はどこも同じように静まり返り、木々のざわめきも、彼を拒むかのようだった。
健太は何時間も森を彷徨ったが、美月の姿は見つからなかった。
彼は不安になりながらも、あきらめずに叫んだ。
「美月!君に会いたい!」その声は森の中に消えていった。
すると、突然、涼しい風が彼を包み込み、どこからともなくかすかな少女の声が聞こえた。
「なぜ、私を呼ぶの?」
驚きつつも、健太はその声の方へと進んでいった。
その瞬間、木の隙間から現れたのは、美月そのものだった。
彼女の姿は透き通るように美しく、しかしどこか儚い雰囲気を漂わせていた。
彼女は肌寒い夜の空気の中で、まるで星のように光を放っていた。
「あなたは、私を望んでいるの?」美月は低い声で尋ねた。
健太は胸が高鳴るのを感じた。
「うん、君がどんな存在か知りたかった。恐れられている理由を確かめたいんだ。」
美月の表情が少し曇った。
「私の存在は、村に消失をもたらす。人々の中には、私が近づくと消えてしまう者もいるの。」彼女の目には悲しみが宿っていた。
驚いた健太は、「それはどういう意味だ?」と尋ねた。
美月は答えた。
「この森にいる間、私の周りには、消えた者たちの想いが詰まっている。彼らは私を求め、私も彼らを求めている。しかし、触れることができない。だから、私はここに留まるしかないの。」
その言葉に、健太は一瞬胸が痛んだ。
この薄幸な妖が、どれほど孤独で切ない思いを抱えているのか、想像もつかない。
しかし、どうすることもできず、彼は「美月、一緒に消えてしまわないか?君を守れるかもしれない」と言った。
彼女の目が驚きに見開かれた。
「そんなこと、許されないわ。消えることは、悲しみを背負った者たちを傷つけることだから。」美月の言葉は力強く、しかしどこか悲哀を帯びて亀裂が生じた。
「でも、私と一緒にいれば、あなたの人生も台無しになってしまう。」
健太は彼女の心の痛みを理解しながらも、逃げ出したりしない決意を固めた。
「君が消えれば、僕もこの村にいられない。頼む、消えることを受け入れて!」
その瞬間、暗闇が彼を包み込む感覚がした。
健太の視界がぼやけ始め、美月の姿が細くなっていく。
彼女はちらちらと光を放ちながら、静かに言った。
「私たちの想いは、消えてしまう前に、伝えるべきものがあるのかもしれない。あなたには、このことを忘れないでほしい。」
もう彼女の姿は見えなかった。
健太は震える手を伸ばし、冷たい空気をすり抜けるだけだった。
彼はそこに立ち尽くし、消えた美月を心に刻み込むことしかできなかった。
彼はその後、村に帰ることはなかった。
美月の記憶を抱えたまま、ただ雑木林の中を彷徨い続け、今度こそ彼女の姿を探し続けることを誓ったのだった。
もう一度、美月と出会うために。