「消えた思い出の祠」

なは、古びた村の外れに佇む小さな祠を目にした。
秋の夕暮れ時、彼女はその場所を通りかかると、微かに光るものを見つけた。
祠の中から漏れ出る、薄ぼんやりとした光だった。
好奇心に駆られた彼女は、祠へと足を踏み入れることにした。

祠の中は静まり返っており、薄暗い石の壁が囲んでいた。
光は小さな神像の周りを包み込むように輝き、その温かさに惹かれた。
しかし、なはその光を見ながらも、どこか不安な気持ちを抱えていた。
村には、この祠にまつわる奇妙な噂があった。
そこには、求めるものが手に入るが、代償として何かを失うというのだ。

「何を求める?求めたものを得られるが、代わりに何かが消えてしまう。」耳元に響くような、冷たく不気味な声。
気がつくと、背後に立つ自分の影が揺らいでいた。
なは恐怖を感じながらも、その光に引き寄せられるように進んだ。

神像が目の前に着くと、ふと気がつく。
神像の表情は何かを求めているかのようだった。
彼女は、自分の心の奥底に潜む欲望を意識した。
それは、自分の過去の傷や後悔、さまざまな感情を消し去りたいという思いだった。
なは思い切って、その神像に向かって言葉を口にした。

「私は、過去の辛い思いを消してほしい。」

すると、光が彼女の周りを大きく広がり、暖かさが増した。
しかし、その瞬間、彼女は周囲の景色が壊れていくのを感じた。
祠の壁が崩れ落ち、周囲の景色がぼやけ始める。
不安に駆られたなは、慌てて後ろを振り返ったが、そこにはもはや祠の出入り口は存在しなかった。

「消したいのは本当にそれだけか?」再び不気味な声が響く。

「分からない…。私は…。何かを失うのが怖い。」なは、自らの心の声に驚愕した。
光が彼女を包み込み、彼女の意識がふわふわと浮かび上がる感覚に陥った。
そこに、彼女が求めた過去の記憶が次々と現れた。
そして、光に引き寄せられるように、彼女の中から大切な思い出が外へと引きずり出されていった。

かつての友人との笑い声、親の温もり、自分が築いてきた人間関係。
すべてが光に吸い込まれていく。
なはその姿を見て初めて気がついた。
失われていくものは、もはや戻らないということだ。

「お願い、やめて!これは私の大切な思い出なの!」彼女は絶叫する。
しかし、祠は無情に響き渡る声を無視し、彼女の記憶を消し去り続けた。

その瞬間、心の奥底から感じる圧倒的な孤独感。
彼女は何もかも失ったのだ。
自由と引き換えに、愛する人々との絆を根こそぎ消してしまった。
その後、光は一瞬にして消え去り、なは闇に包まれていく。

暗闇の中で、どこか遠くから聞こえる声が存在した。
「光だけを求めた者は、真実の自分を壊す。」その言葉が響くと同時に、彼女の心は永遠に迷子になったのだった。

やがて村人たちは、あの祠の存在を忘れ去り、そこを通ることも少なくなった。
しかし、夜の静けさの中で、時折何かを求めるかのように響く声がこだまする。
それは、かつてその祠で光を求めた、失った者の声だった。

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