ある静かな町の片隅に、古びた公園があった。
その公園には子供たちの笑い声が響くこともなく、ただ静かに時が過ぎていた。
数年前、ここで子供が行方不明になり、それ以来、誰も近づかなくなっていた。
その公園の奥に、ひっそりとした小さな池があった。
池の周囲には、枯れた草や朽ちた木々が生い茂り、まるで時が止まったかのような雰囲気を醸し出していた。
池の水はどんよりとしていて、ほとんど動くことがない。
地元の人たちは、この池を「あの池」と呼び、忌まわしいものだとして避けていた。
そんなある日、大学生の佐藤健一は、友人たちとこの公園に肝試しに訪れることにした。
彼らは夜の公園に興味本位で足を踏み入れ、あの池の存在を知った。
特に健一は、この場所に何か特別な恐怖があるのではないかと考えていた。
「お前たち、あの池に近づいてみようぜ」と健一が言った。
友人たちは多少の不安を感じながらも、好奇心に負けて彼に従った。
池の淵に立った彼らは、その静けさに圧倒された。
水面はピクリとも動かず、夜空の星々を反射している。
「ねえ、あの池の深さってどれくらいだろうね」と友人の一人が言った。
その瞬間、健一は何かを感じた。
背筋に冷たいものが走り、思わず振り返ると、そこには佇む影が見えた。
若い女性の姿だった。
彼女は淡い白いワンピースを着ていて、長い黒髪が風もないのにふわりと揺れている。
「誰か……」と健一は声をかけたが、彼女は何も言わず、ただ池を見つめていた。
友人たちは恐怖に駆られ、気づけば健一だけがその場に残っていた。
彼女の存在が彼を引き留めるように感じたのだ。
「君は、どうしてここに?」健一が問いかけると、彼女はゆっくりと振り向いた。
その目は何とも言えない深い悲しみを湛えていた。
そして、彼女は口を開いた。
「助けて……私を、助けて……」
その言葉が耳に届くと同時に、健一は彼女が何を求めているのかを理解した。
彼女は、池の底に棄てられた過去の記憶に囚われていたのだ。
彼女の存在が、輪のように周囲を包み込んでいた。
「あなたも、棄ててしまったの?」彼女が再び問いかけた。
健一はその言葉に衝撃を受け、自らの心の奥深くに秘めた自分の過去を思い出した。
彼もまた、自分の大切なものを棄ててしまったことがある。
彼は自分の経験を彼女に伝えようとしたが、言葉が出てこなかった。
その時、池から何かが浮かび上がるのを健一は見た。
それは、彼女の手にあった小さな丸いもの。
それは、彼女の思い出の象徴であるかのようだった。
彼は思わずそれに手を伸ばした。
「これが、あなたの思い出ですか?」
彼女は無言で頷いた。
その瞬間、池の水が淡い光を放ち、彼女の姿がぼやけ始めた。
次第に彼女の表情が穏やかになり、笑顔を浮かべる。
「ありがとう、私を思い出させてくれた」と彼女は言い、夜空に溶け込むように消えていった。
健一は、その後しばらく池の前に立っていた。
彼女が求めていたのは、ただ認識されることだったのだと理解した。
彼もまた、棄てていた大切な思い出を取り戻すことができた気がした。
帰る途中、友人たちにこの出来事を話そうと思ったが、結局言葉に出すことはなかった。
彼の心の中で、彼女との出会いが深く根を下ろしたからだ。
彼は、もう二度とその公園には足を運ばないと心に誓った。
しかし、あの夜の出来事は、彼の中でささやかな恐怖になり、決して忘れることができない記憶となった。
それは、ただの肝試しではなく、彼自身の内面的な旅でもあったのだ。