小さな村に住む佐藤は、犬を愛する普通の青年だった。
彼の相棒は、黒い毛並みをしたミックス犬の「ポチ」だった。
ポチはいつも元気で、佐藤の良き友であり、心の支えだった。
彼らは一緒に散歩し、村の自然を満喫しながら穏やかな日々を送っていた。
しかし、ある秋の日、奇妙な現象が起こり始めた。
ポチは散歩中にいつも同じ場所で立ち止まるようになり、時には不気味な吠え声を上げることがあった。
首を傾げつつも佐藤は、一度も気に留めることはなかった。
その場所は古い廃屋がある空き地で、村人たちが寄り付かない場所だったからだ。
数週間後、ポチの様子はさらにおかしくなった。
散歩の途中、突然、ポチが逃げ出し、廃屋の方へ向かって狂ったように吠え続ける。
心配した佐藤は、ポチを捕まえようと追いかけたが、廃屋の近くに来た瞬間、ポチの吠え声が途切れた。
静寂が辺りを包み込む中、佐藤はその廃屋の中から何かが聞こえてくるのを感じた。
「ワン!」「ワン!」
それは、ポチの声によく似ていた。
廃屋の中から、まるで別のポチが鳴いているかのようだった。
恐怖を感じながらも、好奇心に駆られた佐藤は、廃屋に一歩足を踏み入れた。
空気はどこか冷たく、時が止まったような感覚が彼を包んだ。
周囲はほこりだらけで、古びた家具や壁にかかった蜘蛛の巣がいくつも見受けられた。
佐藤は耳を澄ませる。
ポチの声と同じ音が、遠くの方で聞こえてくる。
この声はどこから来ているのだろう?不安に思いながらも、声の方向に進んでいくと、奥の部屋から明かりが漏れているのを見つけた。
彼がその明かりの元にたどり着くと、目の前には朽ち果てた骨がいくつも転がっていた。
佐藤は驚き、恐怖に心臓が高鳴った。
しかも、その中にポチの名前が彫られた骨があった。
彼は心が凍りつく思いだった。
「まさか……」
急にポチがどうなったのか、頭の中でぐるぐると考えていた。
すると後ろから、冷たい風が吹き抜けた。
その瞬間、ポチの姿が目の前に現れた。
しかし、彼の目は自分を見ていなかった。
まるで夢の中にいるかのように、目を虚ろにして、どこか遠い世界を見つめていた。
「ポチ、君はどこにいたんだ!」
叫ぶと、ポチはゆっくりと振り向いた。
その瞬間、散歩中のいつものポチとはまったく違う表情が彼の顔に表れた。
ポチの目には深い悲しみと怨念が宿っていた。
佐藤はその目を見て、自分の胸が締めつけられるのを感じた。
「お前は、帰れないのか?」
ポチは切なそうに吠えたが、その声はまるで自分があの廃屋に囚われているかのようだった。
佐藤はすぐにその場から逃げ出すことを決意した。
何がポチをそこに縛りつけているのか、彼には理解できなかったが、このままではポチが取り返しのつかないことになってしまう気がした。
佐藤は急いで廃屋を出て、そのまま村へと駆け戻った。
しかし、ポチが自分の後ろにいる気配がしない。
心の奥底に不安が広がる。
村に戻ると、ポチはいつの間にか姿を消していた。
探し回るものの、彼の声も姿も見つからない。
村人たちもその犬について知っている者はいなかった。
日が暮れ、星が瞬き出す頃、佐藤はふと山を見上げた。
彼の脳裏には、廃屋での出来事が強烈に残っていた。
そして、その時に見つけた骨のことを思い出す。
知らないうちに、ポチが自分を守ろうとしていたのかもしれない。
埋もれた記憶が呼び起こされるたび、ポチの存在が彼の心の中でどれほど大切だったのか、実感する。
その後、佐藤は村を離れ、未来を考えるようになった。
年を重ねるごとに、ポチとの思い出は彼を支える力になっていた。
しかし、彼が信じ続けていたのは、ポチがいつか戻ってくること。
そう信じて、彼は毎日廃屋の近くを通りながら、ポチを思い出し続けたのだった。