田村浩司は、小さな町の片隅にあるトンネルでよく遊んでいた。
子どもの頃から「消えた者たちが現れる」と噂されるそのトンネルは、周囲の人々からは忌み嫌われる場所だった。
しかし、彼はそれを特に気にせず、仲間たちと一緒に探検することが好きだった。
トンネルの奥には、不気味なほど静寂が広がっていて、さらに妙な冷気を感じることもしばしばだった。
ある日のこと、浩司は友人の佐藤と一緒にトンネルに入ることにした。
彼らはたいした恐れも抱かず、ただ若さと好奇心に駆られて楽しく話しながら奥へ進んでいった。
トンネルの中は暗く、懐中電灯の光がわずかに道を照らしていた。
「ここ、ほんとうに消えた人たちがいるのかな?」佐藤が少し興奮した様子で言った。
「噂だろ?何も起こらないって。」浩司は笑い飛ばしたが、心の中では少し不安を覚えていた。
しかし、そんな気持ちはすぐに忘れ、二人はトンネルの奥へと進んでいった。
進むにつれて、何かがおかしいと感じ始めた。
徐々に空気が重くなり、無音の中に時折響くかすかな囁きが耳に残った。
浩司は悲鳴が聞こえたような気がした。
「おい、やっぱりここはやめようよ」と浩司は言ったが、佐藤は興奮し続けていた。
「大丈夫だ、何もないよ。ただの迷信だ!」そう言いながら、佐藤は先に進んで行った。
その時、浩司の背後で奇妙な影が動いたのを見た。
振り向くと何もない。
しかし、内心の不安は募るばかりだった。
ふたりの足音の響く中、突然、トンネルの壁が暗く波打つように揺れた。
その瞬間、浩司の目の前に黒い影が現れた。
まるで彼らに向かって手を伸ばすかのように、その影が迫ってくる。
「佐藤、早く逃げよう!」浩司は叫んだが、佐藤はその場から動けずにいた。
「やめろ、何かが来る!」浩司は引き戻そうと手を伸ばすが、佐藤はまるで呪縛されたかのようにその場に立ち尽くしていた。
影の姿は徐々に大きくなり、冷たい風が彼らを囲み始めた。
浩司は逃げるために背を向けた。
しかし、その瞬間佐藤が叫び声を上げた。
「浩司、助けて!私を助けて!」その言葉を最後に、佐藤の姿は瞬く間に影に飲み込まれ、消えてしまった。
浩司は恐怖に駆られ、必死にトンネルの出口を目指して走った。
心臓が鼓動するほど早くなり、目の前が真っ暗に感じた。
出口が見えたとき、彼は振り返ることなく、一気に駆け出した。
トンネルの外に出ると、満天の星空が広がっていた。
浩司は口を開けたまま天を仰いで立ち尽くした。
友人の姿はどこにも見当たらない。
それどころか、彼はそのトンネルに何か不思議な力が宿っていることを理解していた。
時が経つにつれて、浩司は町の人々に佐藤のことを尋ねたが、誰も彼の名前を口にすることはできなかった。
「消えてしまった」そんな言葉ばかりが返ってきた。
彼は「消えた者たち」の一人が、彼自身の最も親しい友人であることを受け入れなければならなかった。
以来、浩司は二度とトンネルに近づくことはなかった。
しかし、そこには今も彼の記憶の中で生き続ける影が確かに存在しているのだった。
そして、彼はふとした瞬間、友人の声が耳に響いてくるのを感じていた。
「助けて…」その声は今も彼の心を、深い闇によって覆っていた。