「消えた師と倉の影」

深い森の中にひっそりと佇む古い倉。
その倉は、村人たちにとって忌まわしい場所とされていた。
かつて、ある師がその倉に閉じ込められ、姿を消したという言い伝えがあったからだ。
その師の名は田中良平。
彼は知恵と経験を持つ優れた僧であり、多くの弟子を育てていた。
しかし、良平がある日、深い瞑想に入るために倉に籠ってしまったことから、事が始まった。

弟子たちは良平が戻るのを待ち続けたが、数日が経っても彼は姿を現さなかった。
心配になった弟子の一人、佐藤健は他の弟子たちとともに倉に向かった。
倉の扉が重く閉ざされ、恐る恐るそれを開けると、中は静寂に包まれていた。
薄暗い内部には何も見当たらないが、異様な気配が漂っていた。

「良平先生、いますか?」健は声をかけたが、返事はなかった。
彼は懐中電灯を持ち込み、照らしながら中を探索した。
倉の隅に積まれた段ボールや木箱があり、その中には使われていない道具や念珠が入っていた。
だが、どこにも良平の姿は見当たらなかった。

突然、健は一瞬、何かが視界の隅を横切るのを感じた。
振り返ると、そこには誰もいない。
ただ、冷たい空気がその場に漂っている。
彼はさらに奥へ進んで行くと、倉の奥の壁にかかっている古い掛け絵が目に入った。
そこには、何かの儀式を執り行う人物が描かれていた。
良平に似ているようにも見えるが、顔の表情はどこか異様で、まるで不気味な笑みを浮かべているかのようだった。

「こ…これは…」健は目を凝らし、絵の周りを探った。
すると、ふと気がついた。
掛け絵の足元には小さな人形が置かれていた。
その人形はまるで、良平の弟子たちを模したかのような姿をしていた。
その瞬間、胸騒ぎがした。

「みんな、出よう!」健は急いで後ろを振り返り、呼びかけた。
しかし、他の弟子たちはどこへ行ったかわからない。
ただ、彼が廊下の出口に向かうと、扉が突然重く閉じてしまった。
彼は必死に扉を押し開こうとしたが、全く動かない。

その時、倉の奥から耳をつんざくような声が聞こえてきた。
「行かせないよ…」それは低く、冷たい声で、どこからともなく響いていた。
健は恐怖に襲われ、心拍が高まる。

「良平先生!」散々叫んだが、答えは返ってこない。
ただ、辺りの暗闇の中から奇妙な影が渦巻いているように見えた。
健は意を決して、再び奥へ進む決心をする。
心の奥底で、何かが彼を倉の中へと惹きつけているのを感じていた。

やがて、彼は倉の中で一際目立つ大きな木箱を見つけた。
そこからは異様な香りが漂い、箱の上には何かが注意深く書かれた札が貼られていた。
「開くな。」と。
だが、健はその言葉に抗えず、箱を開ける決意をした。

箱を開けると、中にはかび臭い布に包まれた物体があった。
彼は布をそっと取り払った。
そこには、良平の姿が長い間忍び込んでいるように見えた。
しかし、彼の顔はどことなく死にかけた色をしており、目は虚ろであった。
そして、その体は全く動かない。

「あ…助けて…」その瞬間、良平が目を開け、「助けてほしい…」とつぶやいた。
健は立ち尽くした。
良平の声はまるで風に乗って消えていくように、周りの静寂に飲まれていった。

恐怖と混乱の中、健は後ろに下がり、ふと周囲の雰囲気が変わるのを感じた。
倉の内部が再び暗闇に包まれ、足元には冷たい感触が広がった。
何もかもが「消えて」しまいそうな恐怖が彼を襲った。
彼の心には理解できない感情が渦巻いていた。

「行かせて…」その声が耳元で聞こえた瞬間、倉の内部がぴたりと静まり返った。
彼の身体は重く、まるでどこかに引っ張られているかのようだった。
恐怖に怯えつつ、健は必死で出口を目指した。
しかし、何もかもが彼を逃がさないように、見えない力で抑えつけられていた。

「さようなら。」ついに、悪夢のような影が彼の視界を覆う。
入れ替わるように、無数の声が彼を囲み、そして最後の声が消えた。
「お前も、我々の仲間に…行くのか…。」

その瞬間、倉の扉が再び閉じた。
健は消えた。
彼の存在は、深い森の中の古い倉とともに忘れられ、命の行く先は定まらなかった。

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