「消えた妖精の夜」

春の終わり、田舎の静かな村に住む高校生の俊介は、ふとしたきっかけで古びた神社に足を運ぶことになった。
神社は村の外れにあり、長い間使われていないようだった。
そこにはかつて村人が妖を祀るための祭りを行っていた名残が残っていたが、心無い者たちによって神社は朽ち果て、今ではただの廃墟と化していた。

俊介は友人に誘われて神社に行くことになったのだが、その友人たちは興味本位で肝試しをするつもりだった。
みんなが神社の境内でわいわいと騒いでいる中、俊介は静けさに惹かれ、ひとり神社の奥に足を踏み入れた。

薄暗い境内では、朽ちた木々がさざめき、何かに誘われるように俊介は社の前に立った。
ふと、背後でかすかな声が聞こえた。
「いらっしゃい、俊介さん」。
俊介は思わず振り返った。
しかし、友人たちはまだ遠くで楽しそうに話しているだけだった。
再び声が響く。
「ここにおいで」。
声はどこか柔らかく、どこか切ない。

その声の主を探し、俊介は社の中へ進み込んだ。
すると、薄暗い光の中に一人の少女が立っていた。
彼女はその姿が、まるで霧のように柔らかで、どこか異質だった。
背中には白い羽根が生えているように見え、彼女は俊介に微笑みかけた。
「私は妖。あなたを待っていたの」。

俊介は戸惑いを隠せなかったが、奇妙な魅力に引き寄せられ、彼女に近づく。
「私はこの神社に長い間住んでいる。人々が忘れていく中で、私は孤独になってしまった」と少女は語った。
俊介は彼女の言葉に心を動かされ、自らの心の闇を思い出した。
青春の悩み、友人関係の不安、未来への不安を抱えた自分と、彼女の姿が重なった。

「私も、誰かに思い出してほしい」と彼女は言った。
彼女の言葉に、俊介は胸が締め付けられる思いがした。
気がつくと、彼女の姿がどんどん薄れていく。
俊介は驚いて声を上げた。
「待って!何かできることはないの?」

少女は微笑みながら「私が消えることを、あなたは恐れているの?」と尋ねた。
俊介は目の前で彼女がどんどん消えていく様子に恐怖を感じ、思い切って叫んだ。
「あなたを忘れたくない!君のことを皆に伝えたい!」

「それが私の存在の理由だから」と少女は静かに答えた。
その瞬間、彼女の姿は完全に霧のように消え、ただ彼女の優しい声だけが場に残った。
「忘れないで、私のことを。」

俊介は、消えてしまった彼女の存在を改めて思い出した。
心に決めたことがあった。
それは、妖の存在を村に伝えることだった。
友人たちの元に戻った俊介は、早速神社での出来事を語り始めた。
しかし、彼の話を誰も信じなかった。
村人たちにとって妖の話はただの伝説に過ぎず、現実のものとは考えられなかったのだ。

それでも、俊介は何度も神社に足を運び、その少女と話すようにした。
確かに彼女は夜ごと現れ、彼に語りかけてきた。
彼女は柔らかい声で、彼女の過去や神社が持っている意味を語り続けた。

月日が流れるうちに、俊介は次第に村を出る決意を固めた。
彼女の存在を知っているのは自分だけだ、その思いを堅い決意に変え、彼自身が彼女の話を広める活動を始めた。
そのとき、ふと気がついた。
彼女の姿はもう見えなくなっていたのだ。

俊介は日々を重ねていく中で、神社についての資料を集め、村祭りでその話をすることで、彼女の存在を村に定着させようとした。
やがて村人たちの耳にも届き、妖の話は村に徐々に語り継がれることになった。
彼女の存在が薄れていくことはなかったのだ。

数年後、広がった話は村の新たな伝説に変わり、俊介はその記憶を支えに、彼女の存在を心のそばに置き続けた。
彼女がどこかで見守っていると信じて、不安もあった青春の日々を大切に生きていくことにしたのだ。

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