「消えた夢の贈り物」

春のある晩、大学生の健二は、友人たちとの飲み会から帰る途中、薄暗い夜道を一人で歩いていた。
彼は少し酔っていたが、心地よい酔いに身を任せ、考え事をしながら道を進んでいた。
道の脇には古びた神社があり、健二の目に留まった。
「そういえば、夢の中で見たあの神社は、どこかにあったな…」と頭の隅で思った。

神社の前でふと立ち止まる健二。
彼はその神社を夢で見た時のことを思い出した。
そこには、参道の先に大きな鈴が下がった鳥居があり、神社の中には白い着物を着た女性が立っていた。
彼女はただじっと健二を見つめていて、夢の中で何かを訴えかけていたようだった。
しかし、どうしてもその言葉は思い出せない。

健二は気になり、神社の中へと足を踏み入れる。
その時、彼の視界が一瞬揺らいだように感じた。
「これは、ただの酔いのせいか…?」彼はそう考えながらも、奥へ進んでいった。
境内は静まり返り、月の光が神社を淡く照らしていた。
不気味な静けさに包まれ、彼の中で何かがざわめいた。

「何かがある…」健二は背筋が寒くなるのを感じながら、さらに奥へ進む。
すると、夢の中で見た景色と同じ光景が広がっていた。
彼はなぜか安心感を覚えたが、その一方で不安も抱えていた。
「この世界は一体…?」と考えた瞬間、柔らかな声が彼の耳に届いた。
「健二…」

その声は、夢の中で見た女性の声だった。
思わず振り返ると、そこには彼女が立っていた。
白い着物をまとい、柔らかな微笑みを浮かべている。
健二の心臓は早鐘のように打ち鳴り、言葉を失った。
彼女は健二の動揺を見透かしたかのように、静かに近づいてきた。

「あなたは私を忘れたの?」その問いかけは、彼の心に深く突き刺さった。
健二は思い出そうとしたが、夢の中での出来事は濁った水の中に沈んでしまったように感じ、ただ口をつぐむしかなかった。

「私は、あなたの中にいるのよ…あなたが忘れた夢を、消して欲しいの。」彼女の言葉は、健二の心の奥底に響いた。
夢の中での出会いが、まるで彼に何かを求めているかのように感じられた。
「消す?一体何を…?」

彼女は微笑を崩さず、さらに近づいてきた。
そして、彼の手を優しく握りしめ、その温もりが健二の全身を駆け巡った。
その瞬間、彼は夢の中の光景を一つ一つ思い出し始めた。
万華鏡のように折り重なる思い出は、やがて彼の心に絵の具を塗り込むように鮮やかさを取り戻していく。

「でも、私はあなたのことを覚えているのに…このまま消えてしまうのは悲しい…」健二は、強く彼女を抱きしめた。
無邪気な夢の中での思い出が、彼の現実に迫り、二人の間の距離が縮まっていく。

しかし、彼女の姿は徐々に薄れていく。
次第に彼の手の中で消えかけていることに気づくと、彼は慌てて声を上げた。
「お願い、消えないで!私も、君を忘れたくない!」

その言葉が彼の心の奥から絞り出された時、彼女の姿は完全に消えてしまった。
そして、一瞬のうちに健二は現実に引き戻された。
暗い神社の静けさが戻り、彼は一人ぼっちで立ち尽くしていた。

まるで夢の中の出来事は、ただの幻であったかのように感じた。
しかし、彼の指には、彼女からもらった温もりが残っていた。
やがて健二は、もう一度夢の中で彼女に会うために、今後の人生をどうするべきかを考えながら、夜の道を歩き始めたのだった。

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