「消えた夜の宿」

地方の小さな町に、古い民宿があった。
その名は「幸美荘」。
宿は長い間、誰も利用することがなく、周囲には静けさが漂っていた。
地元の人々はその宿について、様々な噂を立てていた。
特に、宿の2階にある部屋には、悪霊が住み着いているというのが有名だった。

ある晩、青年の佐藤は友人たちと共に、肝試しをすることに決めた。
彼らは実際に幸美荘に泊まることにした。
部屋は薄暗く、不気味な雰囲気が漂っていた。
壁には古びた写真が飾られており、その中には、昔の宿泊客たちが笑顔で写っている。
しかし、彼らの目には何か暗い影が宿っているようにも見えた。

夜になると、佐藤たちはベランダで話しながら、恐怖の物語を語り合った。
しかし、夜が深まるにつれて、彼らは次第に静まり返った。
するとその時、誰かが2階の部屋の方から不気味な音を聞いた。
彼らは恐怖に震えながらも、好奇心に駆られてその部屋に向かった。

階段を上るにつれて、何かが彼らを引き寄せるように感じた。
廊下にさしかかると、特に目立つ部屋があり、そこから不思議な光が漏れていた。
彼らはドアを叩いてみたが、返事はなかった。
好奇心が勝り、佐藤はドアを開けた。

中はカラクリのような空間だった。
床は真っ白で、まるで何かが隠されているような不気味な美しさがあった。
部屋の中央には、円形の模様が床に描かれていた。
その模様は、まるで血のように赤く、佐藤はその輪の中心に何かがあるような予感を抱いた。
友人たちは恐れをなして部屋の外で待ち構えていたが、佐藤は思わず輪の中心に近づいた。

その瞬間、床がうねり始めた。
まるで何かが彼を引き入れようとしているかのように、異次元からの力が働いていた。
彼は恐ろしさを感じながらも、どうしてもその輪の中が気になって仕方がなかった。
意を決して、彼は床に手を置いた。
すると、目の前に真っ黒な影が現れた。

影は彼の名を呼び、かすれた声で囁きかけた。
「お前は生きているのか、それとも…」その声は混乱を生むもので、佐藤はすぐにもう一度確認する必要があると思った。
しかし、影の言葉に導かれるように、彼は床の白さに手を引かれていった。

他の友人たちは心配してドアを開け、佐藤を呼び戻そうとしていた。
しかし、彼の姿はすでに床に吸い込まれていた。
そして彼は不安の中で、自分の存在が消えていくのを感じた。
無数の影が彼の周囲を取り囲む中、彼は過去に亡くなった人々の思いを感じながら、彼らがここに留まっている理由について理解し始めた。

「生きることの意味を知るためには、時に恐怖を受け入れなければならない」という教訓が、彼の心に響いた。
佐藤の体はもはや存在しなかったが、彼の魂はその輪の中で真実を見つけた。

翌朝、友人たちは部屋に戻ると、佐藤だけが消えていることに気付いた。
彼らは周囲を散策し、しかし彼を見つけることはできなかった。
民宿の周辺には、ただ静寂が広がっていた。
まるで佐藤が最初から存在しなかったかのように。
彼の行方は誰にもわからず、幸美荘の伝説は新たな章を迎えたのだった。

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