「消えた夏の影」

夏の終わりのある日、大学生の松田明は、友人の佐藤健二と一緒に地元の廃校に肝試しに行くことに決めた。
廃校は長年放置されており、周囲には葉が茂り、薄暗い森に囲まれていた。
地元では「忘れ去られた学校」と呼ばれ、入るのをためらう人も多かったが、若者たちには新しい冒険の舞台として人気だった。

「さあ、行こうぜ!」と、明が提案すると、健二は「でも、本当に大丈夫か?」と心配そうに答えた。
しかし、明は笑って「大丈夫だって、何も起こらないよ!」と強気に言い放ち、健二も渋々承知した。

廃校に着くと、まるで時間が止まったかのような光景が広がっていた。
壁は剥がれ、窓は割れ、教室の机や椅子は倒れた状態で残っていた。
まるで過去の生徒たちが急に消えてしまったかのようだった。
二人は恐る恐る校内に足を踏み入れた。

教室の一つに入ると、壁に落書きされた言葉が目に入った。
「助けて、ここから出して…」。
明は笑いながら、「こんなの、ただの悪戯だろ」と言ったが、心のどこかで恐怖を感じていた。
その瞬間、教室の扉がバタンと閉まった。
驚いた二人は顔を見合わせた。

「こ、これは仕掛けだよな?」健二が声を震わせながら言うと、明も徐々に不安になってきた。
彼らは窓を開けようとしたが、どの窓も固く閉ざされていた。
閉じ込められたのではないかと、彼らの心に恐怖が忍び寄る。

「明、どうにか出よう!」健二が焦りながら叫んだが、明は薄暗い教室の中で妙な気配を感じた。
それは、彼らの周りにいた何かが息を潜めているような感覚だった。
思わず振り返ると、そこには薄く影のような存在がいた。
それはまるで、かつてこの学校で何かを求めて彷徨っているような姿だった。

「何だ…あれ?」健二が恐怖に震えながら聞くと、明はその存在に引き寄せられるように近づいてしまった。
「助けて、私を解放して…」その声が明の耳に届いた。
まるで、今までの生活から放り出されてすべてを捨ててしまったかのような悲痛な声だった。

「明!」健二が叫ぶが、明はその声を聞かず、影に近づいていった。
「私を…助けて…」影が両手を差し出すと、明はその手を取ってしまった。
その瞬間、教室全体が揺れ、光が消え去った。
気づくと、彼らは教室の中央に立っていたが、周りは変わり果てた光景だった。

「なんだこれは…」健二が言うと、明は驚愕した。
「私、何かやらかしてしまったのかも…」しかし、周囲はどんどん暗くなり、何かが彼女の心に潜むように感じた。
健二はすぐに手を伸ばして明を引き戻そうとしたが、彼もまた、その吸引力に抗えなかった。

「豊かさと安らぎを…私たちには、そしてあなたたちにも与えてくれる場所なの…」影がさらに近づく。
明の中に潜む望みが、次第に強くなっていく。
「私もこの場所で、解放されたい…」健二はその言葉を聞き、彼女を引き離そうと必死に声を上げた。
「明!こんなところ、出よう!」

しかし、影はさらに強く彼女を引き寄せていった。
「私を、一緒に連れて行って…」その瞬間、明の姿が徐々に消えていった。
健二は抗うも、次第に引き離され、空に向かって孤独に叫んだ。

数日後、健二は友人たちと明を探したが、廃校には彼女の姿はなく、ただ静寂が広がるばかりだった。
彼女の行方は知られず、彼女の存在は、周囲の暗闇に吞まれてしまった。
しかし、時折、廃校からは明の助けを求める声が聞こえてくると言われていた。
今でも、彼女の姿を求めて彷徨う者たちがいるという。

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