「消えた声と茶畑の影」

ある日、サトシは祖父の家に遊びに行くことに決めた。
祖父は茶を作ることが趣味で、サトシもその茶畑の手伝いを楽しみにしていた。
北海道の静かな山あいにあるその茶畑は、昼間は緑が映える美しい場所だが、夜になると不気味に静まり返ってしまう。

サトシが祖父の家に着くと、祖父は早速茶を淹れてくれた。
その濃厚な香りと苦味は、しばらくぶりに味わう安心感を与えてくれた。
しかし、祖父はどこか気を病んでいるようで、時折遠くを見つめ、何かを思い悩むような表情をしていた。

「どうしたの、おじいちゃん?」とサトシが尋ねると、祖父は「茶畑のあたりで最近、不思議な声を聞くんだ」と言った。
サトシはそれを聞いて興味を持ち、「どんな声?」と更に問いかけた。

「夜中に、子どもが遊んでいるような声がする。最初は気のせいだと思ったが、毎晩聞こえるようになってしまってね。その声が聞こえると、気分が悪くなるんだ。」「それは、ただの虫の声かもしれないよ」とサトシは笑ったが、祖父は「いや、これはただの虫ではない」と首を振った。

その晩、サトシは興味をそそられ、少し遅くまで起きていた。
祖父が寝静まった頃、彼は思い切って茶畑の方へ足を運んでみることにした。
月明かりに照らされた茶畑は神秘的で、サトシの心は高鳴っていた。

しばらく歩いていると、薄暗い茶の葉の合間から、何かの声が聞こえてきた。
「あそびたい…あそびたい…」その声は、まるで子どもが遊びを誘っているかのようだった。
サトシは驚いたが、恐怖よりも好奇心が勝り、声の方へ向かっていった。

「誰がいるの?」と声をかけると、声は一瞬途切れた後、再び「おいで、おいで」とささやくような声が返ってきた。
その声は柔らかく、どこか懐かしさを感じさせた。
サトシは不思議に思い、茶の木の間を歩き続けた。

だが、次第にその声が変わっていくのを感じた。
「遊びたくないの?遊びに来て…」今度の声は徐々に不安を誘うような響きになった。
サトシの中で何かが脈打つ。
不気味さが芽生え、逃げ出したくなったが、体は動かない。

「やっぱり、帰ろう。」サトシは心の中で決意し、後ろを振り返った。
その時、声は急に高くなり、「行かないで…!」と叫ぶように響いた。
その瞬間、サトシの心臓は凍りつき、思わず足がすくんだ。

逃げようと振り返ると、周囲の景色が急に歪んで見えた。
茶の木の本数が増え、見覚えのない道が延びている。
まるで夢の中にいるようで、自分の記憶が消えていく感覚に襲われた。
そう、その声は彼の中の記憶を逆に呼び起こしているように感じられた。
自分の存在が薄れていく。
その時、サトシは過去の記憶を思い出した。

かつて祖父と一緒に遊んでいた日々、明るい笑い声、そして「お遊び」を楽しんでいた楽しい時間。
しかし、今それが全て消えていくのだ。
冷たい恐怖感が彼の胸を締めつけ、逃げることができないことを痛感した。

「おじいちゃん!」叫び声が出た。
その瞬間、目の前に不気味な子どもの姿が現れた。
彼女は茶色の着物を着ており、笑みを浮かべていた。
しかし、その目は虚ろで、まるでこの世のものではないようだった。

その後、サトシは気を失った。
気がつくと、日が昇り、祖父の家の前に横たわっていた。
「おじいちゃん…」彼は声を震わせながら呼びかける。
しかし、祖父の姿は見当たらなかった。
まるで彼もその声に呼ばれ、どこかに消えてしまったかのようだった。

茶の香りが漂う中、サトシは一人、恐怖と不安に包まれたまま、暗い記憶を抱えたまま立ち尽くしていた。
茶畑からは、今でも時折隠れている叫び声が聞こえるのかもしれない。
あの不気味な子どもが、彼をまたお呼び寄せするのだろう。

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