「消えた図書館の影」

佐藤は、静かな田舎町に住む普通の青年だった。
彼は最近、地元の図書館で働き始めた。
小さな図書館には、不気味な噂があった。
何人かの利用者が、いつの間にか失踪してしまうというのだ。
彼はそれを信じてはいなかったが、心のどこかで不安を抱えていた。

図書館は薄暗く、年季の入った本が棚に並んでいた。
特に奥の方にある何本かの本棚は、長い間誰にも触れられていないようだった。
ある晩、閉館後に図書館で仕事をしていると、突然、本棚の奥から異音が聞こえた。
まるで誰かが助けを求めているような声だった。

佐藤はその声に引き寄せられるように、奥へ進んでいった。
暗い廊下を進むと、いつの間にか小さな扉が目に入った。
扉の向こうには、薄暗い狭い部屋が広がっていた。
中には数冊の本が散乱しており、そのうちの一冊が異様に光っていた。
不思議な魅力を放つその本に、抗えない惹かれを感じた。

彼は本を手に取り、扉のすぐ近くでページをめくり始めた。
その瞬間、長い間忘れられていた記憶が甦り、彼の中に不安が生まれた。
ページをめくるごとに、彼の視界は歪み、まるで周囲の空間が広がっていくかのようだった。
すると、声はまた響いてきた。
「行かないで。ここにいてほしい。」

恐怖心が胸を締め付けたが、やめることはできなかった。
佐藤は気づけば、部屋の周りに何かが存在しているのを感じるようになった。
黒い影のようなものが彼を取り囲み始め、まるで彼を断絶させるかのようだった。
「お前も消えるのか?」その声は耳元で囁いた。
彼はその言葉に耐えられず、思わず目を閉じた。

目を開けると、彼は図書館の中に戻ってきていた。
しかし、何かが違った。
彼の周囲には本が散らばり、静寂だけが漂っていた。
ふと視線を向けると、彼は自分が消えたことに気づいたのだ。
身体はあるが、他の誰にも見えない存在になってしまった。
彼は自分が失われてしまったのだと理解した。
周囲には仲間や図書館の利用者の姿はなく、誰も彼に気づいていない。

焦りに駆られながら、彼は何とか元の世界に戻ろうと必死に叫んだ。
「私はここにいる!」しかし、その声は虚しく響くだけだった。
彼は図書館の暗闇の中で、ずっと彷徨い続けた。
佐藤は、自分が消えてしまった理由を探し続けたが、それは決して解明できなかった。
彼の周りを取り囲む黒い影は、彼の記憶や感情を吸い取っていくように思えた。

日に日に何も感じられなくなり、彼は忘却に飲み込まれていく。
ある晩、地元の人々が図書館を訪れると、彼の存在がかすかに感じられた。
「本の背後に、何かがいるような気がする。」と、ある老人が言った。
しかし、誰も佐藤の存在には気づかず、彼はただ一人、静かに座り込むしかなかった。
彼の中の「真実」も、もはや彼自身の記憶から失われてしまった。

佐藤の姿は、図書館の一番奥の本棚に佇む、手の届かない場所に留まり続けた。
影は永久に彼を取り囲み続け、消えた記憶は忘却されていく。
彼はただ、図書館の静寂の中で存在するだけの虚無となった。

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