彼の名前は大輔。
ある晩、彼は自宅から友人の家までの帰り道を歩いていた。
深夜の道は明かりも少なく、静寂に包まれていた。
月明かりが彼の足元を照らし、歩く音だけが響く。
大輔は不安を感じていた。
「こんな時間に一人で歩くなんて、ちょっと怖いな…」と心の中でつぶやきながら、視線を地面に落とす。
道の両側には古ぼけた木々が立ち並び、時折、風が吹くたびに葉がざわめいた。
その音に、大輔は一瞬心臓が高鳴るのを感じた。
途中、大輔は横道に入る古い神社を通り過ぎた。
彼はこの神社が嫌いではなかったが、いつも薄暗く不気味な雰囲気を纏っているため、訪れることはあまりなかった。
その時、何かが彼の目を引いた。
神社の参道の先に、誰かが立っているように見えたのだ。
「まさか、こんな時間に誰かいるのか…?」と疑問を抱きつつ、彼はその影に目を凝らした。
影の正体は、見覚えのある姿だった。
中学校の頃、仲の良かった友人である佳代だった。
「佳代?こんなところで何してるの?」と声をかけようとした瞬間、影はふっと消えた。
大輔は驚き、足を止めた。
「気のせいかな…?」と思い、神社の方を振り返った。
しかし、影はもう見当たらなかった。
そのまま帰ろうとしたが、心のどこかで佳代が心配になり、彼女を探すことにした。
神社の中に入ると、薄暗い境内は静寂に包まれていた。
彼は双眼鏡のように視線を広げ、佳代の姿を探した。
すると、社の前にぽつんと佇む影が目に入った。
まるで佳代のように見えたが、その姿はぼやけていて、顔がはっきりしない。
「佳代!」と叫ぶと、その影は少しずつ振り向いた。
彼女の顔が見えた瞬間、大輔は凍りついた。
友人の顔は、確かに佳代だったが、その表情は不安で、彼を見つめる瞳の奥には何か異常なものが宿っていた。
「大輔…来てはいけない…」と言い掛けた瞬間、彼女は急に影になり、霧のように消えてしまった。
驚きと恐怖に包まれ、大輔は神社から逃げ出した。
家に帰った後も、佳代のことが頭から離れなかった。
彼女が何を伝えたかったのか、神社で何が起こったのかを考え続けた。
やがて、次の日の昼に、彼は友人たちから佳代が行方不明になったと聞かされた。
「まさか…」大輔は胸を締め付けられた。
彼が神社で見た影が、もしかして佳代の最後の姿だったのかもしれない。
そして大輔は、自分が彼女を助けられなかったこと、そして影の存在が彼女の運命を暗示していたのかと思うと、暗い重圧感が心を蝕んできた。
その後、大輔は神社には近づかないように心掛けたが、夜になると、いつもあの不気味な影が彼の目の前に現れる気がしてならなかった。
彼の中には、未解決の恐怖が根を下ろしていった。
影は彼の心を不安で覆い、静かに彼の後ろに立っているように思えた。
それから数か月間、大輔は悪夢に悩まされ続けた。
その夢の中で、彼はいつも神社の前に立っていた。
そして、影となって佇む佳代の姿が、彼に助けを求めるような目で見つめてくるのだった。
彼はその度に目を覚まし、心臓がバクバクと高鳴っていた。
もう佳代のことを忘れようとしても、影と心の中の恐怖は消えなかった。
道を歩くたびに、佳代の影がとうとう彼について回っているのではないかという不安が、彼を襲っていた。
毎晩夢で彼女に呼ばれるたびに、少しずつ彼の心は追いやられていった。
影に飲み込まれ、自分の実態をなくしてしまうことを恐れる大輔は、彼女のことを思い出すたびに、影と向き合う勇気を持たなければならなたった。