「消えた友の影」

ある秋の夜、東京郊外にある小さなアパートの屋上に、佐藤と加藤の二人の大学生がいた。
気晴らしにと集まったであろうその場所は、街の喧騒から離れ、星空を見上げるには最適な場所だった。
二人は、友人たちと過ごした楽しい思い出を語り合いながら、心地よい風に身を委ねていた。
しかし、肌寒くなってきた頃、彼らの会話はある不穏な話題に移っていった。

「噂だけど、このアパートには曰く付きの物件があるんだって」と佐藤が言った。
彼が言及したのは、屋上から見える近くの学校。
その学校には昔、自殺した生徒の霊が出るという伝説があったという。
彼の話を聞いて、加藤は少し興味を持った。
「それって本当に怖いの?」と彼は尋ねた。

「どうだろうな。実際に見た人は、みんな口を揃えて同じことを言う。夜になると、まるで誰かに見られている気分になるんだって」と佐藤は説明した。
その言葉を聞いた途端、加藤の心に不安が宿った。
けれど、その瞬間、何か奇妙な現象が起こることなど想像もしていなかった。

「佐藤、もう帰ろうか」と口にした加藤に、佐藤は笑って「大丈夫、大したことないよ」と答えた。
彼らはそのままそのまま屋上に居続け、しばらく経った。
辺りが静まり返ったころ、突然、冷たい風が吹き抜け、加藤は背筋が凍る思いをした。
「何かいるかも…」と彼は呟いた。

実際に、周囲の気配が変わり始めた。
熱気を帯びた佐藤の言葉が、一瞬で冷たく感じられた。
「…佐藤、あれ、見える?」加藤が指を指した先には、かすかに映る影があった。
彼はそれが何かを見極めようとしたが、瞬時に影は消えた。
「いや、気のせいだろ」と佐藤は笑い飛ばしたが、その笑顔はどこかぎこちないものだった。

その後も二人は話を続けたが、同じ影が何度も目に入るようになった。
話しているうちに、佐藤は興味深げにその影の正体を探ろうとした。
「加藤、もう少し居よう」と彼は強引に言った。
加藤は不安を感じながらも、友人の誘惑を振り切れずに続けた。

ところが、屋上の空気は次第に重くなっていき、奇妙な静寂に包まれた。
その沈黙の中、どこからともなく耳障りな音がしてきた。
耳を澄ませると、「助けて…」というかすかな声が響いていた。
それはまるで誰かが彼らを呼んでいるかのようだった。

驚いた加藤は「佐藤、今の聞いた?」と言ったが、彼の問いに返事はない。
振り返ると、佐藤の姿が消えてしまっていた。
「佐藤!?」と叫んでも、一切の返事はなかった。
その時、加藤の目の前に現れたのは、かつてその学校で自殺した生徒の霊だった。

霊は涙に満ちた目を持ち、何かを訴えかけていた。
しかし、その言葉は加藤の耳には届かず、ただ彼を押しのけるように影は動き出す。
「行かないで、佐藤を返して!」と加藤は必死に叫んだ。
すると、瞬間に霊が剥がれ落ちるように消え去った。

加藤は慌てて逃げ出した。
屋上の扉を叩き、下の階へと駆け下りる。
だが、彼の心には不安の影がついて回った。
「どうして佐藤を置いて行ったのか」と、自責の思いが波のように押し寄せた。
途中で振り返るたびに、佐藤の存在を探してもそこには彼の姿はなかった。

アパートに着いた頃、加藤は取り乱した精神とともに、誰かに助けを求めようとした。
しかし、恐怖に支配され、言葉が出なかった。
友人を失ったその夜、彼は一生このことを忘れられないという運命を背負った。
乗り越えられることのない重責を抱いたまま、彼の心のどこかに佐藤の存在が消えてしまったことを痛感し続けるのだった。

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