長い冬が続く北海道のある街で、健太は学生生活を送っていた。
この街には古くからの伝説があり、特に語り継がれているのが「印を持つ者の霊」についてだった。
誰もがその話を知っていたが、実際に見たり、感じたりした者はいなかった。
そんな街に住む健太にとって、その話は単なる都市伝説でしかなかった。
ある夜、健太は友人たちと街の中心にある公園で集まっていた。
冬の風が冷たく、空は不気味な静けさに包まれていた。
「印を持つ者の霊」に関連する話が出ると、友人たちの間に緊張が走った。
「実際に会ったことがあるやつなんていないさ」と、健太は笑って言った。
その瞬間、誰かが声を潜めてこう言った。
「でも、印を持った霊は、本当は我々の周りにいるんじゃないか?」その言葉が耳に残り、健太は少し不安になった。
友人たちの笑い声はどこかぎこちなく感じられた。
次の日、健太は自宅に帰る途中、公園の近くで不意に立ち止まった。
彼の目の前には、濃い霧に包まれた小道が見えた。
迷い込むようにその道を歩いていくと、ある古い神社が見えてきた。
そこには、町の人々が忘れてしまったような不気味な印が彫られた石碑が立っていた。
健太はその印をじっと見つめ、自分の好奇心に抗えず、神社の中へと足を踏み入れた。
薄暗い境内では、何かが視線を投げかけてくる気配がした。
突然、一陣の冷たい風が吹き抜け、彼の耳元で囁くような声が聞こえた。
「憶えていますか…」その声は柔らかく、どこか懐かしさを感じさせた。
健太は恐怖よりも好奇心が勝り、答えてしまった。
「誰ですか?」と。
すると、霧の中から一人の女性が現れた。
彼女は着物を身にまとい、顔はぼんやりとした印象だったが、目は鋭く輝いていた。
「私は印を持つ者の霊です。あなたの願いを聞くためにここに来ました。」
耳を疑った健太だったが、否定することができなかった。
話を続ける彼女は、自分の記憶をたどるように語り出した。
「私はかつてこの街に住んでいた。無念のうちに命を落とし、印を背負ったままだ。今もこの街の人々を見守っている。しかし、私の願いを叶えてくれる者が現れれば、私はお前を助けるだろう。」
その言葉に引き込まれた健太は、一瞬、彼女の話に心を奪われてしまった。
「どうすればあなたの願いを叶えられるのですか?」
彼女は微笑んで言った。
「私が望むのは、あなたの憶い出の中に私の印を刻んでもらうこと。その印なしでは、私はこの街から出られない。」彼女の言葉には、深い意味が含まれているように感じられた。
健太は一瞬ためらった。
彼は彼女の印が、自分自身と何か関わりを持つことを恐れていた。
そして、彼の願いを叶えることが、自分を危険にさらすのではないかと疑念が湧いた。
しかし、好奇心が勝り、「いいですよ、あなたの印を憶えておきます。」と答えてしまった。
その瞬間、温かさが彼を包み込み、世界が一瞬で明るくなった。
しかし、彼女は顔を暗くし、静かに言った。
「それがあなたの決断なら、覚悟を決めなさい。私があなたの記憶に刻まれるとき、何かが代償を払うことになるだろう。」
健太は苦悩した。
日常に戻ってからも彼女の言葉が頭から離れなかった。
そして、彼女との出会いから数週間が過ぎると、街の人々の間に不可解な現象が現れ始めた。
印を持つ者の霊にまつわる噂が広まり、夜中に人々が霊を見たと言い出す者が続出したのだ。
健太はその様子を見て恐怖に駆られた。
もしかしたら、彼女の印を憶えてしまったがために、この街が変わってしまったのではないかと。
彼は再び神社に行くことを決意した。
彼女にもう一度会い、すべてを元に戻すように頼むために。
夜の帳が降りる中、神社はしんと静まり返っていた。
その場所にいることが不安を呼び起こし、背筋がぞくぞくした。
健太は彼女の名前を呼んだ。
「おいで、あなたに会いたい!」
暫く静まり返っていたが、ついに彼女が現れた。
今度は無表情で近づいてきた。
「戻りたいのか?」
健太はうなずいた。
「私が憶えてしまったことで、街が変わってしまった。どうにかして元に戻してほしい。」その瞬間、彼女の目が冷たく光った。
「あなたが印を私から引き剥がすのなら、私の存在は消え去る。選ぶのはあなただ。」
健太は思考を巡らせた。
このままだと、彼女は消えてしまうが、街も戻らない。
どうしよう……彼は心の中で葛藤した。
彼女の元に駆け寄り、再度言った。
「戻してほしい。私の印を消してほしい!」と。
その瞬間、彼女の顔が悲しみに染まり、彼女の姿は徐々に薄れ始めた。
「あなたが選んだ道を後悔しないように…」と微かに影を残しながら消えていった。
その後、街に平穏が戻ったように見えた。
しかし、健太は毎夜、彼女の声を耳にしていた。
「忘れぬように……」その囁きは彼の日常に潜み、彼は自身の寄せる印について、時々苦しむことになった。
彼は言った通り、彼女の印を憶えていたのだ。