「消えた光の影」

川崎健二は、都会の喧騒から逃れるために、故郷の山村に帰ってきた。
彼は幼少期に過ごしたこの村で、祖母の家に宿泊し、静かな時間を楽しむことにした。
村は今でも昔と変わらない風景を残しており、どこか懐かしさを感じさせた。

だが、健二が村に戻ってきた夜、何か違和感を覚えた。
人の気配はなく、静まり返った風景の中に不気味さが漂っていた。
彼は祖母から聞いた「影の話」を思い出していた。
村の周辺では、特定の時間帯に光を持つ影が現れるという。
人々はその影に触れると、次第に消えてしまうと語り継がれていた。

その夜、健二は好奇心に駆られて外に出ることにした。
満月が輝く中、彼は村の外れにある古びた神社へと足を運んだ。
そこには、昔の人々が信仰していた神が祀られていた。
神社に着くと、冷たい風が吹き抜け、まるで何かが彼を呼んでいるように感じた。

不意に、目の前にある木々の間から、ぼんやりとした光が漏れ出しているのに気が付いた。
健二はその光にひきつけられ、一歩ずつ近づいていった。
光はなんとも言えない魅力を持っており、彼の心の中に不安を忘れさせるような心地よさをもたらしていた。

しかし、そこに辿り着いた時、彼の目に映ったのは、自分の知らない存在だった。
その影は人の形をしていて、光の中に溶け込むように揺らいでいた。
影はかすかに微笑み、彼の視線をじっと受け止めている。
健二の心臓は早鐘のように打ち始め、身動きが取れなかった。

「誰……?」健二は声を絞り出した。
影は彼の言葉を無視したかのように、光の中でさらに明るくなり、周囲の空気が変わっていくのを感じた。
彼はその影に魅了され、なぜか逃げることができなかった。

「触れない方がいい……」心の奥底で警告する声が響いたが、健二はその警告を無視してしまった。
影の温もりを感じた瞬間、彼は何かに飲み込まれていくような感覚に襲われた。

影が近づくにつれ、健二の記憶が徐々に消えていく。
彼は今までの人生が霧のように曖昧になっていくのを感じた。
家族、友人、恋人。
すべてが薄れていき、ただ目の前の存在だけが彼に残されていた。

「もう帰れない……」彼の心の中で何かが叫んだ。
そして、その声はまるで彼自身が影によって消え去ることを拒んでいるようであった。
影はますます近づき、健二を包み込むと、彼は何もかもを忘れ去っていった。

その夜、村は再び静けさに戻り、神社の光も消えてしまった。
翌朝、健二の姿は誰にも確認されることはなかった。
祖母は心配して村中を探し回るが、彼の影も痕跡も見つかることはなかった。
ただ一つ、神社の前に白い光が現れ、その光景は村の人々に、まるで影のように恐れられ続けた。

「もう滅びの時は来たのかもしれない。」と、誰もがその光と影の正体を知ることはないまま、村は彼の記憶を忘れ去っていった。
人々は語り合う。
「見えない影には、触れない方がいい」と。
こうして、川崎健二の物語は、村の記憶から消え去った。

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