「消えた仲間と狼の影」

彼の名は佐藤浩一。
休日の午後、浩一は友人たちと共に、地元の山にハイキングに出かけた。
普段は賑やかな声が響くはずの道も、薄暗い森に足を踏み入れると、一変して静寂に包まれた。
しかし、彼らは気にも留めず、山を登り続けた。

やがて、彼らは「狼の森」と呼ばれる場所に辿り着いた。
その名前の由来は、かつてここで狼が頻繁に目撃され、二度と戻って来なかった人々がいるという話だった。
友人たちはその話を笑い飛ばしたが、浩一は心のどこかで不安を感じていた。

「大丈夫、何も起こらないさ!」と笑う村上が言い放った。
その声に勇気をもらうように、浩一は自分を励ましながら、みんなと共に小道を進む。
だが、進むにつれて空気はどんどん重たく感じ、足元には霧が立ち込めてきた。
どこからともなく耳に入ってくる風の音は、まるで誰かに囁かれているかのようだった。

突然、周囲の温度が下がり、浩一は全身に寒気を覚えた。
「ちょっと、待って。なんか変じゃない?」浩一が言うと、友人たちは明るく笑って否定したが、その笑顔にはどこかぎこちなさが隠れていた。
その時、後ろの方から不気味な影がちらりと見えた。
浩一は振り返ったが、何も見えない。
ただの木の影かと思い、目を戻すと、彼らの一人、田中が姿を消していた。

「田中はどこに行った?」みんなが慌てて周囲を探し始めたが、田中の姿は見当たらない。
浩一は心臓が高鳴るのを感じ、その場に立ち尽くした。
明るかったはずの陽射しもいつの間にか薄れ、周囲が影に包まれていた。

「田中、戻ってこい!」村上が叫び、声は森に吸い込まれていく。
彼らは必死に田中を探し続けたが、彼の気配はどこにもなかった。
恐怖が彼らの心を蝕み、次第に不安から怒りが生まれた。
「おい、何かの悪戯か?田中!」浩一は叫ぶが、返事はない。

そのとき、彼らの視界の端に、無数の影がさっと動いた。
まるで狼の群れが彼らを取り囲むように感じ、震える声で浩一が言った。
「あれ、見えるか?」指を指す先には、薄暗い霧の中、異様な形をした影がたたずんでいた。
それは狼の姿だと、浩一は瞬時に理解した。

その影はゆっくりと近づき、彼らの心に恐怖を植えつけていく。
村上は叫び、急いで逃げようとした。
しかしその瞬間、再び田中が現れたかのように見えた影は、浩一の視界を遮った。
彼は必死に逃げ出そうとしたが、身体が動かない。
周囲の景色が歪み、足元が崩れ去る感覚に襲われた。

浩一は恐怖で心を乱しながら、田中のことを考えていた。
「彼が消えた理由は何なんだ…」その思考が頭を占める中、狼の影は次々と彼らを捕らえていった。
次第に友人たちの叫び声が消え、森の中は静寂に包まれた。

浩一が狂ったように走り出し、振り返ると、そこには彼の姿を消した友人たちの影も見えなかった。
彼一人だけが、真っ暗な森の中心に立たされていた。
かすかに感じる気配。
それはまるで、浩一の後ろからじっと彼を見守る存在のようだった。

「ここにいるのは誰だ!」浩一は叫んだが、返事はない。
ただ、背後からひんやりとした息が感じられる。
彼は振り返り、そこには一匹の狼が立っていた。
その目はまるで彼の心の恐れを見透かすかのように、じっと彼を見つめている。

その瞬間、浩一は彼自身が消えてしまうことを悟った。
絶望的な思いと共に、彼の視界からすべてが消え去った。
彼が友人たちと最後に過ごした場所には、今はただ静寂と影だけが残っていた。

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