秋も深まったある夜、東京の大学生・健二は、友人たちと山中のテニスコートに集まることにした。
彼らはスポーツ好きで、毎週末には集まってテニスを楽しんでいたが、今回は少し特別な目的があった。
このコートには、地元で語り継がれる「消えた猿」と呼ばれる怪談があるのだ。
その話によれば、数年前、このコートでテニスをしていた若者たちが一夜にして消息を絶ち、その後は誰も見つけることができなかったという。
彼らは今でもこの場所に囚われているのではないか、というのが噂だ。
健二は友人たちを怖がらせるためにその話を持ち出し、「全員、このコートに一晩とどまろうよ」と提案した。
皆は最初は抵抗したが、結局のところ、怖いもの見たさから決まった。
その晩、コートに到着した彼らは、緊張した空気の中、軒下にシートを広げて夜を明かす準備をした。
周囲を囲む暗闇と、遠くで鳴く虫の音が不気味に静まりかえっている。
健二は友人たちと怖い話を交わしながら、心の奥にある不安を薄めるように努めた。
すると、突然、友人の一人が「おい、見てみろよ」と言いながら指を差した。
コートの奥、朽ちかけたネットの下から、何か白い影が見えた。
皆は一瞬息を飲んだ。
影は瞬時に消え、視界から失われたが、その時、冷たい風が吹き抜け、健二は背筋を寒く感じた。
「本当にいるのかもしれない」と健二が呟いた。
友人たちは不安になり始め、早く帰りたがる雰囲気が漂い始めた。
その時、またしても冷たい風が吹き、一際強い風が彼らの周りを走った。
その瞬間、健二の視界に、あの白い影が再び浮かんだ。
想像以上の恐怖が彼の心を捉え、逃げ出したい衝動に駆られた。
「どうする?帰る?」友人の一人が言った。
しかし、誰も答えない。
健二は不安を抑えつつ、「もう少し待とう」と提案した。
しかし、内心では誰よりも帰りたい気持ちがあった。
その後、健二たちは再び何かに取り憑かれたかのように、周囲を警戒しながら時間を過ごした。
やがて深夜に近づくにつれ、健二は無性に眠くなり、ついに夢の中に落ちてしまった。
しかし、彼の夢の中で何かが叫んでいる。
「助けて、助けて…」その声に引きずられるかのように目を覚ました彼は、そこに友人たちが少し離れて火を囲んで座っているのが見えた。
彼は心の底から安堵したが、同時に何かがおかしいと感じた。
その時、友人の一人が突然倒れ、真っ白な顔で「消えちゃう、消えちゃう!」と叫んだ。
彼自身も何かに取り憑かれたのか、力尽きるように倒れ込んだ。
健二は驚き、必死に友人を引き起こそうとしたが、周囲はますます暗くなり、何かが彼らを取り囲んでいるように感じた。
「帰ろう、帰ろう!」それを叫びながら、彼は友人を引きずり、自分も必死に走り出した。
だが、目の前には誰もいない空間しかなかった。
友人たちは次々と消えていく。
「助けて、健二!ここから出して!」という声が、耳を裂くように響く。
闇の中を全力で走り続けたが、結局、誰も連れ戻すことはできなかった。
彼は力尽きてその場に倒れ込み、暗闇に囲まれていく。
健二はただ無限に広がる恐怖の中で消えていく感覚に襲われていた。
朝日が昇った時、周囲は静まり返っていた。
一人の青年がこの廃墟のようなテニスコートを見下ろすと、彼は何も知らないまま、その場所から離れていった。
その夜、健二たちは何もかも失い、永久にこの場所に囚われてしまった。
彼らの声は、暗闇の中で消え去り、ただ風に乗ってその伝説だけが残るのだろう。