ある晩、田舎の小さな村で不思議な出来事が起こった。
村の名前は「のり村」。
その村には、昔から言い伝えられている伝説があった。
それは、「代替わりの夜」に、必ず一人の村人が姿を消すというものだった。
主人公の「健(けん)」は、そんな村で生まれ育った普通の男だった。
健は村人たちと共に畑で働き、夜が訪れると自宅に帰る日常を送っていた。
しかし、彼は何となく代替わりの夜が近づくにつれ不安を感じていた。
村人たちは皆口を揃えて警告する。
「その夜、池に近づかないように。誰かが消えてしまうから」と。
ある晩、健は帰宅途中、村の外れにある小さな池に差し掛かった。
その池は「流れ池」と呼ばれ、村の人々にとって忌避すべき場所だった。
しかし、好奇心が勝り、健は池のそばに足を運んでしまった。
冷たい水面が月の光を反射し、まるで何かが隠れているかのような神秘的な雰囲気を醸し出していた。
健は水面に目を凝らした。
その瞬間、水が不自然に揺れ、さまざまな映像が浮かび上がった。
それは彼の知らない村の昔の光景だった。
健は思わず息を呑んだ。
水の中には、かつての村人たちの姿が映し出されていたのだ。
その顔は、どれも無表情で、何かを訴えているように見えた。
「助けて…」と、耳元で誰かが囁いた。
恐怖に駆られ、健は急いでその場を離れようとしたが、どうしてもその場から動けなかった。
水面は再び波打ち、今度は強い引力に彼を引き寄せるようだった。
健は戸惑いながらも、思わず水に手を伸ばしてしまった。
その瞬間、冷たい水が彼の指先に触れ、驚くほどの冷気が全身に広がった。
水面に映る映像が、彼の過去の思い出を次々と呼び起こす。
彼の両親、友人、そして彼が大切に思っていた人々の笑顔。
それらの映像が次第に歪んでいき、彼の心に不安をもたらした。
その時、水面の中から一人の女性が現れた。
彼女はかつての健の恋人で、数年前に事故で亡くなった美咲(みさき)だった。
「健…助けて…」と美咲が呼びかける。
彼の心は揺れ動き、彼女を助けようとする気持ちが沸き起こる。
しかし、美咲の姿は次第に朧げになり、「代替わりの夜が近い」と警告する声が聞こえた。
彼女は静かに水の中へ沈んでいき、健はたじろぎながらも水から手を引いた。
恐ろしい何かが待っていると直感したのだ。
しかし、時すでに遅しだった。
健は逃げようとしたが、体が水に吸い込まれるように重く感じ始めた。
無意識に彼は「帰りたい」と叫ぶ。
すると、水面は一瞬静まり、代わりに数多くの顔が浮かんできた。
それは村で消えてしまった人々の顔だった。
「君は次だ」と、多くの声が同時に響いた。
恐怖のあまり、健はどうしようもなくなり、ただ叫び続けた。
「助けて!帰りたい!」その時、またあの囁きが耳に響いた。
「帰れない、あなたはもう私たちの仲間だ…」意識が遠のく。
翌日、村人たちは健を探して池の近くに集まっていたが、彼の姿はどこにも見当たらなかった。
ただ、流れ池はいつもと変わらず静かで、周囲には何も起こっていないかのように見えた。
村人たちは、また一人の仲間が消えたことを分かっていたが、誰もそのことを自己責任として受け入れたのだ。
月日が経つにつれ、健の記憶は消えていったが、池の水面には彼の顔が静かに映り続けていた。
そして、代替わりの夜には、また新たな人が池に近づくことになるのだった。