清水は、どこにでもいる普通のサラリーマンだ。
毎日忙しく働き、家族との平穏な生活を送っていた。
彼の仕事はデジタルマーケティングで、日々、変化の激しいデジタルの波に翻弄されながらも、それを楽しんでいる自分がいた。
彼には理論的な思考があり、物事を冷静に分析する能力を持っていたため、仕事関係の悩みも難なくこなしていた。
しかし、ある日、彼の人生は変わることになる。
その日は、仕事を終えた後に同僚と軽い飲み会を楽しむ予定だった。
居酒屋に向かう途中、清水は街角で目を引く古びた看板を見つけた。
「奇妙な事例研究所」。
何か惹かれるものがあった清水は、思わずそのドアを開けた。
内部は薄暗く、埃まみれの本が積まれた棚、壁には難解な図形や数式が書かれた黒板があり、気味が悪い静寂が漂っていた。
「いらっしゃいませ」と、突然、後ろから声がした。
それは、長い白髪の老人だ。
清水は少し驚いたが、興味を持ち話しかけた。
「この場所は何なんですか?」
老人は微笑みながら、「ここでは世界の理を把握するための研究を行っています。特に、変な現象を解析するのが得意です」と答えた。
清水はその言葉に引かれ、「どんな変な現象があるんですか?」と尋ねた。
「例えば、ある場所で突然、時間が歪んだり、物質が不必要に増えたりすることです。それらは、理論的に解明できるものでもあるのです。」清水はその話に夢中になり、老人に詳しく教えてもらいたいと頼んだ。
しかし、老人は首を振り、「本当に理解したいのなら、実際に体験してみることです」と言った。
興味を抱いた清水は、老人から一つの現象を体験させてもらうことになった。
それは、村の外れで報告された「異次元のゆがみ」が起きる場所だった。
清水は心のどこかに不安がありながらも、理論に基づいた実験の興奮で胸が高鳴るのを感じていた。
翌日、清水は老人の指示通りに村へ向かった。
そこには、草むらが生い茂り、静かな雰囲気が漂っていた。
彼は指定された地点に立ち、きわめて具体的な手順に従った。
目を閉じ、深呼吸をしながら、心を落ち着けていると、周囲が徐々に変わり始めた。
清水の周りには、奇妙な光が漂い、時間が止まったかのように感じられた。
そして、彼の目に映ったのは、まるで現実から切り離されたかのような風景だった。
彼はそこに、自分自身の過去を見つけた。
彼が大切にしていた友人や家族、そして過去の選択肢がそこに並んでいた。
「清水、ここにいるのか?」と突然、声がした。
振り返ると、友人の健太が立っていた。
しかし、彼は清水が知っている健太とはまったく別人のように見えた。
目が虚ろで、言葉に重みがない。
清水は恐怖を感じた。
「何が起こっているんだ?」
変わり果てた健太は、彼の前に近づき、「選ばれなくても、選ばれた選択はある」と呟いた。
清水は混乱したが、その言葉の意味を理解しようと必死になった。
選ばれなかった道は、彼にとってどういう意味があったのか。
彼の心の奥深くで、理論的な思考が崩れ始めた。
周囲の風景が急に変わり、彼は元の場所に戻った。
しかし、清水の心には疑問が残っていた。
あれは何だったのか? 理論で説明できないものに触れたわけで、彼の人生は一変してしまうような恐怖感に包まれた。
清水はその日をきっかけに、日常生活に潜む変な現象の存在を感じるようになった。
それ以来、彼は自らの経験を理論に基づいて解釈することができなくなり、目の前に広がる現実の奥深さに畏敬の念を抱くようになった。
理論で片づけようとしたその先には、彼自身の中にある未知の力と向き合わざるを得なくなったのだった。