秋が深まるある夜、美という名の若い女性は、地元の浜辺へと足を運んだ。
彼女は心に何か暗いものを抱えていた。
田舎育ちの美は、周囲の人々とあまり関わることがなく、心の隙間を埋めるために、夜の浜辺を散歩することが好きだった。
しかし、最近はその場所が何か不気味に感じられるようになっていた。
浜に到着すると、波の音が心地よく響いた。
しかし、その音に交じって、微かに何かが囁いているようにも聞こえた。
美は、その声に耳を傾けると、ふと立ち止まり、凝視してしまった。
何かが気になったのだ。
その瞬間、美の脳裏に「人」という単語がちらついた。
何かがそこに、あるいは誰かが、彼女を呼んでいるのかもしれないと感じた。
彼女は思わず、「誰かいるの？」と叫んでみたが、返事はなかった。
代わりに、波の音が高まるばかりだった。
いつもは静かなこの浜は、今日は異様に賑やかで、まるで何かが集まっているかのようだった。
美が少し怖くなりかけた頃、一緒に遊んでいた幼なじみの涼介が現れた。
彼は疲れた顔をしており、何か重たいものを背負っているようだった。
「美、どうしたの？」と彼が声をかける。
「なんだか、ここが怖いんだけど…」と美は答えた。
涼介も同じように感じていたのか、眉をひそめて海を見つめた。
その瞬間、再びかすかな声が耳に入ってきた。
「美…、美…」と呼びかけるように波がささやく。
美はさらに恐怖を感じ、思わず涼介に背を向けた。
彼女は「帰りたい」とつぶやいた。
涼介は彼女の背中に手を置く。
「大丈夫、俺がいるから」そう言ったが、一瞬、強い風が吹き荒れ、波が荒く立ち上がった。
「逃げよう」と涼介が叫んだが、彼らの足元に突然、黒い影が現れた。
それは誰も知らない人のようで、波の中からゆらゆらと浮かび上がってきた。
顔は崩れ、目は虚ろで、まるで体の一部が欠けているかのように見えた。
「行かないで…」とその影は呟いた。
美は恐怖で動けずに立ち尽くした。
彼女の心の中に、この影が自分の隙間に入り込んできた。
涼介が美を引っ張り、感覚を取り戻させようとし、「早く逃げよう！」と叫ぶ。
しかし、美の目はその影から離れない。
「あなたは…何者？」美は思わず問いかけた。
影はゆっくりと近づいてきた。
その瞬間、美は彼女自身の過去が思い出された。
心に閉じ込めていたトラウマや孤独、そして人との関わりの薄さが、彼女の心に重くのしかかってきた。
影は、彼女の心の中の「人」だったのだ。
「助けて欲しい、私もここに残りたい…」影がそう言うと、美はその言葉を聞いた瞬間、自分がどれほど孤独だったか、深い悲しみに気づくこととなった。
しかし、彼女はその影にとらわれたくないと強く思った。
「私はもう一度、生きたい」と叫ぶと、美は力を振り絞り、涼介と一緒にその場を離れた。
浜を後にする時、耳の奥からその影の声が遥かに響いてきた。
「また来て…」
数日後、美はその浜に戻ることはなかった。
しかし、頭の片隅には、あの夜の出来事がずっと残っていた。
彼女は自分の心の隙間を埋めることの大切さに気づき、今度こそ人と向き合おうと決意した。
しかし、夜になると、時折その浜の静かな波の音が、かすかに耳に届くような気がしてならなかった。
