「河に潜む影」

夏のある日、健太は友人たちと川遊びをするために近くの河にやってきた。
この河は美しい景色で知られていたが、実は深い闇に包まれた伝説があった。
地元の人々から語り継がれる話によれば、この河には「影」と呼ばれる存在が住んでいて、好奇心に満ちた者を狙って捕らえるというのだ。

友人たちはその伝説など気にも留めず、楽しそうに川で泳いでいた。
しかし、健太は心の奥で不安を抱えていた。
特に、夕日が沈むにつれて、影が現れるという噂がリアルに感じられるようになっていたからだ。

川の水は清らかで、流れる音は心地よかった。
しかし、日が暮れ始め、空がオレンジ色から紫色に変わっていくにつれ、健太は次第に異様な静けさを感じるようになった。
友人たちはまだ無邪気に笑っていたが、健太の心は不安でいっぱいだった。
彼は少し離れた場所に腰を下ろし、周囲の様子を伺った。

そのとき、川の流れの中に何かが見えた。
影のように黒く、形のない存在が水面を滑るように動いていた。
健太の心臓が高鳴る。
友人たちにこのことを伝えようとしたが、口から言葉が出てこない。
彼の視線だけが川の中に固定されていった。

瞬間、友人の一人が水中から顔を出した。
「健太、何か見たのか?」彼は笑って言ったが、その笑顔は健太には冗談にしか思えなかった。
彼の目の前で、影は水中に沈んでいくように消えていった。
何かが、彼を遠くから見つめているという感覚が、彼の背筋を寒くした。

ついに友人たちが泳ぐのをやめ、近くの岩に腰を下ろした。
夜が深まり、周囲が完全に暗くなったとき、川の中からさらなる不気味な音が聞こえ始めた。
水がざわめき、低い囁き声が耳に届く。
「健太…来て…」それは彼の名前を呼ぶ声だった。
彼は恐怖に足がすくみ、動くことができなかった。

友人たちもその音に気が付き、顔を見合わせた。
「なんだ、あの声?」一人が言うと、他の友人たちも目を丸くした。
後ろからそっと押された感覚に、健太は慌てて振り返った。
誰もいないはずの後ろに、黒い影が立っているように感じた。
友人たちが後退りする中、健太は水の中へ踏み出していた。

すると、水の中の冷たさが彼を包み、何かが彼の足をつかむような感覚がした。
「行かないで、健太…」それはあの声だった。
彼は恐怖のあまり泳ぎながら岸へ向かおうとしたが、深くて冷たい水が彼の動きを阻んでいた。
健太の周りに影が群がるように現れ、彼の心に入り込み、恐怖と不安がゆっくりと飲み込まれていく。

叫び声が出ないまま、彼は水の底に引き込まれていった。
 友人たちは岸から彼を助けようと手を伸ばしたが、河の流れに抗うことはできなかった。
影は彼を深い闇の中へと引きずりこみ、彼の周囲には水面の明かりが遠くに消えていった。
健太は無力で、絶望的だった。

それ以来、健太の姿は河の岸から消えた。
友人たちは彼を探し続けたが、彼の行方は知れなかった。
村人たちは、彼の無邪気な笑顔を思い出し、川に近づくことを避けるようになった。
伝説は新たに語り継がれることとなり、川のほとりでは今でも「影」が誰かを呼んでいるという噂が立つようになった。

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