「求める音の影」

夜、静まり返った学校の廊下を、田中宏が歩いていた。
彼は、周囲のザワザワとした雰囲気を感じながらも、何かに引きつけられるように、音楽室へ向かっていた。
その音楽室には、昔から語り継がれている「求める者」にまつわる恐ろしい噂が存在した。

数年前、音楽室であった出来事がきっかけで、当時の生徒が姿を消したと言われていた。
彼らは音楽室のピアノに向かい、一曲のメロディーを奏で始めた途端、誰もその後の行方を知る者はいなくなってしまった。
そして、その部屋には今でも「求める者」がいると噂されていた。

宏はその噂に興味を持っていたが、実際に音楽室に足を運ぶのは勇気が要った。
しかし、彼の好奇心は抑えきれず、結局その扉を開けることにした。
ドアを開けると、暗い室内に薄明かりが差し込んでいた。
古びたピアノがひっそりと佇んでおり、何かが彼を待ち受けているような気配がした。

彼はピアノに近づき、触れてみる。
指先が鍵盤に触れた瞬間、奇妙な感覚が全身を駆け抜けた。
音楽室が静まり返る中、ふと、どこからか女性の声が聞こえたような気がした。
「求めているのは…」その声は彼の耳元で囁くように響いた。

驚いた宏は、慌てて周囲を見回したが、誰もいない。
心臓が高鳴り、思わずピアノの鍵盤を叩いた。
すると、突然、音楽が流れ出した。
それは、まるで誰かが無言で演奏しているかのように柔らかく、しかしどこか悲しげでもあった。
彼はその音楽に魅了され、目を閉じてしまった。

しかし、音楽が続くにつれ、徐々に空気が重くなり、室内の温度が急激に下がり始めた。
宏は恐怖に駆られ、立ち上がろうとしたが、足が動かない。
その瞬間、再びあの女性の声が響いた。
「求めているのは…あなた。」

宏は必死で否定しようとしたが、心の奥底にある恐怖や好奇心が、彼をその場に留まらせた。
目の前にいるのは、禁じられた存在。
彼の心を揺さぶる何か。
彼はその声に抗えずに、ついに尋ねてしまった。
「あなたは誰?」

すると、影が薄暗い室内に現れた。
それは、かつて音楽室で消えた生徒の一人だった。
彼の表情は虚ろで、助けを求めるような眼差しを向けていた。
「私たちを…終わらせて…」その言葉は、宏の心に冷たい恐怖を喚起させた。

彼は急に、求められた責任の重さを理解した。
彼らは音楽の旋律に囚われてしまった存在であり、その影響で部屋の中に留め置かれていたのだ。
宏は心の内で葛藤した。
「どうすればいいんだ…?」

その時、彼はピアノの前でひざまずき、無意識に手を動かしていた。
そして、彼が鍵盤を鳴らす度に、亡霊たちの懇願が高まっていくように感じた。
彼の心に、ただ一つの思いが宿った。
「この亡霊を解放させてあげたい…。」

音楽が高まる中、宏は強い意志を持ち始め、最後の和音を響かせた。
その瞬間、音楽室の気配が激変し、青白い光が部屋を包み込んだ。
彼は頭上から何かが解き放たれていくのを感じ、思わず目を閉じた。

静寂が訪れ、光が消えるとともに、彼の周りには誰もいなかった。
宏はその場に膝をつき、全身が疲れ果てていたが、心の中にはどこかすっきりとした清々しさがあった。
彼はそれが正しい行動だったことを知っていた。

しかし、校舎の外に出た瞬間、背後からかすかな音楽が再び聞こえた。
「求める者」が滅びることはなく、彼の心に続く物語はまた新たに始まるのだと、彼は確信した。

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