夏の終わり、涼しげな風が吹き抜ける田舎町に、山本直樹という大学生が帰省した。
彼は数年前の事故で亡くなった祖父の家を相続し、その家に一人で過ごすことになった。
長らく人が住まないその家は、薄暗く、古びた畳の匂いが漂っていた。
直樹はその家に、祖父が生前に愛していた不気味な話や、村に伝わる怪談を思い出しながら、少しずつ心を落ち着けていた。
ある晩、直樹はふと目が覚めると、薄明かりの中に何かがいるのを感じた。
恐る恐る目を凝らすと、足元に小さな影が動いていた。
近づいてみると、それは一匹の黒い猫だった。
猫はじっと直樹を見上げ、不気味なまでに人間のような目をしていた。
しかし直樹はその猫を気に留めず、ベッドに戻った。
数日後、直樹は喧騒から離れた静かな生活を楽しんでいたが、同時に何かの兆候を感じ始めていた。
夜になると、猫がいつの間にか部屋に現れ、じっと彼を見つめていた。
直樹は気にかけるものの、特に何も起こらなかったため、猫の存在を受け入れることにした。
しかし、その平穏が壊れるのは、昼間に不気味な声が響いたときだった。
「直樹、私を求めているのか?」その声は、低く囁くように響いた。
直樹は耳を疑った。
「誰だ?」彼は心臓が高鳴るのを感じた。
声の主は自分の知る存在かと考えれば考えるほど、恐怖が心を覆った。
その夜、再び猫が現れ、彼の足元でうずくまっていた。
直樹はその猫に向かって、「お前は誰だ?」と問いかけた。
すると、猫は何事もなかったかのように床を踏み鳴らし、直樹のそばから離れようとしない。
直樹は気になって仕方がなく、それからの数日は一晩中、目を覚まして猫を観察した。
次の日、直樹は村の人たちと話をする機会を持った。
彼の祖父のことを尋ねると、村人たちは悲しそうな顔を浮かべた。
「あの家には、祖父さんの怨念が宿っていると、皆が言っているんだ。それは、彼が実現できなかった生前の思いが成就することを求めているのかもしれない」と語った。
その言葉が耳に残った直樹は、次の晩、再び猫に問いかけた。
「お前は本当に何を求めているの?」すると、猫は静かに目を閉じ、何かを待っているように見えた。
直樹はその夜、夢の中で祖父の姿を見た。
祖父は朧気に「戻ってきてほしい」と言っていた。
直樹は目が覚め、胸が締め付けられる思いを抱いた。
求められる存在の重みと、自分の人生の選択がいかに難しいかを実感した。
数日後、直樹は家の中での異常な現象を目の当たりにした。
夜ごとに物が動き、耳に響く声は、次第に形を持たないものとして彼を取り囲むようになった。
直樹は逃げ出すことにしたが、猫は彼の後を追ってきた。
「私を求めるのか?」その言葉が耳に残り、逃げることで解決が見えないことに気づく。
直樹は猫を見つめ、「お前を求める気持ちに答えを出さなければならないのか?」と感じた。
彼は初めて、自分の過去を受け入れよとする思いを感じた。
結局、彼の選択は、実際に何を求めているのかを解明するきっかけでもあった。
不気味に思えた猫は、彼自身を映し出す存在だった。
その後、直樹は猫を受け入れる覚悟を決め、祖父の思い出と共に過ごすことにした。
彼は怪異と向き合い、彼の人生の一部として生き続けることを選んだのだった。
猫は静かに彼の横に座り、夜空に現れた一星のように、彼を見守り続けるのだった。