「永遠の商家」

古い町の片隅に、一軒の古びた商家があった。
その商家は、何十年も前に繁盛していたというが、今では誰も近寄らない廃屋と化していた。
人々は、その商家にまつわる「永遠の客」の噂を恐れていた。
客が一度入れば、決して出てこないというのだ。

そんなある日、若い男、正樹が興味本位でその商家を訪れた。
彼は町の人々の噂を耳にしていたが、その真偽を確かめるために足を運ぶことにした。
昇りゆく夕日の中、彼は商家の扉をゆっくりと開けた。
中は薄暗く、埃にまみれた品々がそのまま残されていた。

「誰かいるのか?」と正樹は呼びかけた。
だが、返事はなかった。
彼は店内を歩きながら、怪しげな空気を感じた。
すると、店の奥からかすかな物音が聞こえてきた。
好奇心に駆られた正樹はその音の源へと向かった。

奥の部屋に入ると、驚くべき光景が広がっていた。
豪華な装飾と共に、数人の客が座り込んでいたのだ。
しかしその様子は異様だった。
彼らの目は虚ろで、まるで何かに取り憑かれているかのようであった。
正樹はその光景に恐怖を覚え、足を後ろに下げようとしたが、何かに引き寄せられるように動けなくなった。

その瞬間、店の奥から一人の中年の男が現れた。
彼はニヤリと笑い、正樹に近寄って言った。
「新しい客か。ようこそ、ここは永遠に過ごせる場所だよ。」正樹はその言葉に恐れを感じた。
「逃げなければならない!」と思ったが、心の深いところに恐怖と魅力が同居するように感じられ、体が動かなくなってしまった。

「ら」と呟くように、男はその場にいる客たちを指さした。
「彼らはこの店で満たされた夢と欲望の象徴。この店を出ることは決して出来ない。」その言葉に正樹は衝撃を受けた。
彼は人々の顔を見渡し、彼らがどれほどの間、ここで過ごしてきたのかを想像した。
自分もそうなるのかという不安が胸を締め付ける。

正樹は思わず心の声を口にした。
「どうしてこうなってしまったのか…。」男はにっこりと笑った。
「欲望は人を永遠に捉える力がある。この商家はその象徴さ。昇りゆく希望の光が、いつしか暗闇へと変わることを知らぬ者たちが、いつまでもここに留まっているんだ。」

正樹はその言葉に耳を傾けながら、自身の欲望がどれほど大きいものであったかを思い知らされた。
彼はこれまで夢見ていたこと、成し遂げたかったこと、そうした思いが、この商家に飲み込まれようとしていることを理解した。

「私は出たい!」彼は叫びながらその場を飛び出そうとしたが、男は微笑んで阻んだ。
「出られはしない。ここは永遠なのだから。」正樹は自分の今までの選択を振り返り、逃げ出す理由を見失った瞬間、彼の背後で何かが動いた。
彼の意思とは裏腹に、周りの人々が彼に手を伸ばしてきたのだ。

絶望感と恐怖が折り重なり、彼は叫んだ。
「手を離せ!」と。
しかし、その声は虚ろな響きを持つ一つの声にかき消されてしまった。
彼は力なくその場に崩れ、徐々に周囲の空気に溶け込んでいった。

やがて、正樹は完全に商家に取り込まれてしまった。
彼の目は虚ろになり、周囲の人々と同じ表情を浮かべた。
商家は再び静寂に包まれ、永遠の客が一人増えたのであった。

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