商社に勤める佐々木は、仕事のストレスから逃れるため、同僚たちとの飲み会を開くことにした。
彼は、長年の付き合いである友人たちと共に、繁華街の居酒屋で楽しい時間を過ごそうと考えていた。
しかし、その夜、彼らが選んだ居酒屋には、ある奇妙な噂があった。
その居酒屋は、数年前に突如として閉店した別の店の跡地にあるといわれ、亡くなった店主の霊が出没するというのだ。
佐々木はそんな話を半信半疑で聞き流したが、同僚たちの興味を引くには十分だった。
店に入ると、薄暗い照明と年季の入った内装が彼の気分を少し暗くした。
飲み始めてしばらくすると、田中という同僚が「この店、過去に何かあったんじゃないか?」と呟いた。
みんながその言葉に耳を傾けると、彼は続けてこう言った。
「なんでも、数年前にオーナーが自分の店で亡くなったって。まだ彼の霊が現れて、客を試すらしいよ。」
その言葉にちょっとした緊張感が生まれ、冗談のような雰囲気が一瞬固まった。
しかし、佐々木は冗談だと思い、笑い飛ばした。
すると、彼の背後から突然冷たい風が吹き抜けたような感覚がした。
振り返ると、誰もいないのに空気が重く、奇妙な気配を感じた。
不気味さに彼は背筋が凍りそうになる。
飲み会はその後も続き、酔いが回った頃、三人の同僚が「この店の幽霊を呼び出してみよう」と冗談半分に言い出した。
佐々木は気が進まなかったが、周りが乗り気だったため、仕方なく付き合うことにした。
しかし、彼にはどこか不安がつきまとっていた。
「いったいどうやって霊を呼び出すんだ?」佐々木が尋ねると、田中は何やら口にしながら「まずはこの店で一番嫌な思いをした人がどうやってここで過ごしていたのか、話をするんだ」と説明した。
すぐにみんなは輪になり、各自の経験や思い出を語り始めた。
すると、突然、店内の明かりがチカチカと点滅し始め、不気味な沈黙が流れた。
佐々木は何かが起こるのではないかという恐怖を募らせた。
少しの沈黙の後、同僚の一人、木村が声を張り上げた。
「おい、誰かここにいるなら返事してくれ!」
途端、店の中に響くように、不気味な低い声が聞こえた。
「返事をするのは難しい。私の声は、会話の中にしか存在できないから。」驚きと恐怖が混ざり合い、佐々木たちは目を見開いた。
そこにいる気配は確かに感じるのに、姿は見えなかった。
佐々木は恐れを抱えながらも「あなたは何が言いたいんですか?」と問いかけた。
すると、その声はさらに続けた。
「私はこの場所で、かつての仲間たちを待っている。会話が終わることなく、私は永遠に待ち続ける。」
その瞬間、酒を飲んでいた同僚たちの表情が一変した。
何かが彼らの顔から喜びが消え、代わりに恐怖が浮かび上がった。
急に居酒屋の雰囲気が変わり、空気は重苦しく、居心地の悪い感じが増してきた。
急いで帰ることに決めたが、出口が見つからない。
パニックになった佐々木は、同僚たちの目にも恐怖の色を見た。
その時、またもや声が響いた。
「ここでは、実際に人と人が会うことが禁止されている。私たちはあなたたちの恐怖を、これからも会話として楽しむのだ。」
絶望感に襲われる中、彼と同僚たちの影は消え去り、忘れ去られた居酒屋だけが静まり返っていた。
数年後、佐々木たちがその居酒屋を訪れたという噂を聞いた人々は、彼らの行方を知らぬまま通り過ぎていく。
居酒屋は今も、会話の中だけに存在し続ける、もう一つの世界となっていた。