美は、友達に誘われて訪れた小さな町の古い墓地に足を踏み入れた。
夜の帳が降りる中、月明かりが墓石を薄明るく照らし出していた。
周囲は静まり返っており、時折、風に揺れる木々の音が耳に入るだけだった。
美は、好奇心からこの場所に来たものの、少し緊張感を覚えていた。
彼女は、友達と一緒にここで「肝試し」をすることに決めていた。
しかし、友達が何やら面白がって言った「墓の中で何か見つけたら、その人の人生を知ることができる」という噂が気になって仕方がなかった。
特に、墓地の片隅にひっそりと佇む小さな墓があった。
その墓は、周りの墓と比べて異様に古びており、苔に覆われていた。
美は、その墓に近づくことにした。
墓に刻まれていた名前は「直樹」。
美は、何かに引き寄せられるようにその墓の前にひざまずいた。
そこで、自分がすぐ隣にいると思っていた友達がいつの間にか消えてしまっていることに気がついた。
彼女の心に冷たい恐怖が忍び寄る。
彼はどこに行ったのだろうか。
周囲を見渡しても、誰の気配も感じられなかった。
美は仕方なく立ち上がり、もう一度墓を見つめた。
その瞬間、何かが彼女の視界に入り込んできた。
直樹の墓の周りに、かすかに光る小さな影が現れた。
それは人の形をしていて、次第にその姿ははっきりとしてきた。
美は目を凝らし、恐れを抱きながらその影を見た。
それは、長い髪を持ち、白い着物をまとった女性だった。
「助けて」と、女性は儚げな声で言った。
美は動けなかったが、しばらくその女性の目を見つめていると、何故か彼女に親近感が湧いてきた。
「あなたは…誰ですか?」と美は恐る恐る尋ねた。
女性の表情には悲しみが漂い、彼女は静かに語り始めた。
「私は直樹の妻、美香です。ここで彼を待ち続けているの…でも、彼は帰ってこない。ずっとこの場所に縛られているの…」美はその言葉を聞いて、胸が締め付けられるような感情を抱いた。
彼女が直樹の墓を見つめると、そこにはまるで温かさを帯びた光が見えるようだった。
「何故、直樹は帰れないの?」と美は尋ねた。
美香は悲しそうな目をしながら答えた。
「彼は私を守るために、あちらの世界に行くことができなかったの。私のための犠牲を強いられているのよ…」その瞬間、美は何かが彼女の心に響くものを感じた。
美は直樹の墓の前で、自分がこの光景をどう捉えていいのか分からなかった。
彼女の胸には一種の感情が渦巻いていた。
「私はあなたを助けたい」と思った。
しかし、どうやって彼女を解放すれば良いのかは分からなかった。
何か手立てはないのか、心の奥から衝動が湧き上がる。
「私にできることがあれば教えて!」美はその場で声を上げた。
その瞬間、美香は微笑みながらその姿を薄れさせていった。
「私を思い出してくれるだけでいい。あなたの心の中に私を生き続けさせて…」と言い残し、彼女は完全に消えてしまった。
孤独を感じながら、美はその場を後にした。
すると友達がどこからともなく戻ってきて「何してたの?」と尋ねられた。
美はそのまま墓地を見つめ、直樹と美香の物語がまだ続いていることを感じていた。
実際に彼らが存在したこと、そしてその思いが確かに美の心に根付いていた。
ついにその夜、美は墓地を後にする時、自分の中に彼らの思いを抱くことを決意した。
彼女はこの出来事を忘れないだろう。
墓地の静けさの中で、実は彼らの愛が永遠に続いているのだということを。