「永遠に囚われた森」

深い森の奥にひっそりと佇む旧官舎。
長い間、人の手が入らず、朽ち果てたその建物は、地元の人々にとって忌まわしい存在となっていた。
そこには、かつてこの村で権力を握っていた一人の官、諏訪健二が住んでいたからだ。
彼の名は生前恐れられていたが、彼が亡くなった後も、その影は森に漂っていると言われていた。

ある晩、大学のサークル仲間である佐藤と田中は、この旧官舎の噂を聞きつけ、肝試しに出かけることにした。
好奇心旺盛な二人は、外の薄暗い街灯の下で一瞬の躊躇いを見せたが、それもすぐに薄れた。
彼らは懐中電灯を持ち、足元に気をつけながら、森の奥へと進んでいった。

不気味な静けさが二人を包む。
佐藤は妙な感覚を覚え、急に背筋が寒くなった。
しかし、田中はそれを楽しんでいるように笑いながら突き進む。

やがて、旧官舎が見えてきた。
木々に囲まれ、月明かりすら遮るようなその姿は、暗闇の中で浮かび上がるように立っていた。
二人はその扉を開けると、埃にまみれた内部に足を踏み入れた。
年数が経ち、家具は崩れ、窓は割れ、あたりには不気味な静寂が広がっていた。

「これ、ほんとに呪われてるのかな?」佐藤は言った。
田中は不敵に笑う。
「何も起こらないさ、ただの伝説だろ?」

しかし、その言葉が口に出た瞬間、低い声が静かに響いた。
「逃げろ、逃げろ…」二人は恐怖に駆られ、互いに顔を見合わせた。
「誰だ、今の声…?」

その瞬間、扉が自動的に閉じた。
二人は急いで開けようとしたが、まるで何かに阻まれているかのように開かない。
そして、ふと視線を窓の外へ向けると、月明かりの下に一人の男性が立っているのが見えた。
その男は、かつての官である諏訪健二の姿に似ていた。
彼の目は空虚で、薄ら笑みを浮かべていた。

「私を…助けてくれ…」と男は囁いた。
その声は、鼓膜を震わせるように響き、二人の心臓は急速に鼓動を早めた。
田中は恐怖に駆られ、後ろに下がったが、足がもつれて倒れ込んでしまう。

「ここから出たいんだ!お願い、助けて!」佐藤は叫び、ドアを叩いた。
断固として開かない扉に絶望する彼を嘲笑うかのように、諏訪の姿が近づいてくる。
「逃げることはできない…私も、この森に囚われているから…」

二人の背後で、壁がゆらゆらと揺れ始めた。
呪いか何かの力で、空間が歪んでいるように思えた。
佐藤は突然、何かに引き寄せられるようにして床に倒れ込み、田中へ叫んだ。
「逃げて!一人ででも!」

田中はその言葉で我に返り、扉を再度叩こうとしたが、その時、何かが彼を引き寄せた。
彼は恐怖で目を見開く。
「佐藤、助けて!」

しかし、もはや佐藤は見えない。
瞬間、背後から冷たい手が彼に触れ、身動きが取れなくなった。
「逃げられない、逃げられない…永遠にここに居ろ」と、諏訪の冷酷な声が響く。
田中の視界は暗くなり、彼はその場に崩れ落ち、意識を失った。

その後、二人は森の中で発見されることはなかった。
村人たちは、深い森が彼らを呑み込んだのだと噂した。
そして今もその官舎は、悪霊のうわさと共に存在し続ける。
今夜もまた、新たな冒険者たちが、運命を試そうと森に足を踏み入れていくのだ。

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