ある晩、23歳の沙織は、友人の家で行われた肝試しに参加した。
事前に話題に上がったのは、近くの山の中にあるという「絶望の間」の噂だった。
誰が作り出したのか、そこに行った者は帰ってこれない、という曰く付きの場所だった。
しかし、肝試しを楽しむという友人たちの雰囲気に流され、沙織は参加を決意した。
夜が深まると、彼女たちは山の入り口に着いた。
月明かりが薄い道を照らす中、恐怖心よりも興奮が勝っていた。
彼女たちは笑い合いながら、絶望の間を目指した。
しかし、そこに辿り着く頃には、空が曇り始め、真っ暗な闇が彼女たちを包み込む。
仲間たちも少しずつ声を潜め、皆が迷信を気にし始めた。
絶望の間に足を踏み入れると、異様な静けさが一瞬にして彼女たちを取り囲んだ。
そこは、薄暗く冷たい空気が流れていて、何かが彼女たちを見つめているような気配を感じた。
しかし、好奇心に駆られた沙織は、一歩前に出た。
「みんな、ちょっとだけ中を見てみようよ。」
仲間たちは怖じ気づき、彼女に背を向けて帰ろうとしたが、沙織はその場を離れなかった。
彼女は感覚に従って夢中で奥へ進んでいく。
急に目の前に、古びた鏡が現れた。
「この鏡は呪われている」との噂を思い出しながら、沙織はそれに触れてみた。
瞬間、頭がクラクラし、周囲が回り始めた。
目を覚ますと、沙織は見知らぬ部屋にいた。
壁には血のような赤い模様がペイントされていて、天井からは黒い影がたくさんちらついていた。
彼女は恐る恐る立ち上がり、「誰か、助けて!」と叫んだ。
しかし、返事はない。
彼女は不安な気持ちでその場所を探索するが、どこに行っても出口は見当たらず、夢から醒める手もかりない。
沙織はその瞬間、あの鏡が彼女を囲っていた存在だと気づく。
何かが彼女をこうして閉じ込め、絶望の間から出られないようにしている。
時間が経つにつれ、彼女の心に刻まれた恐怖が増すばかりだった。
彼女は夢の中で繰り返し「助けて」という言葉を口にし、誰か助けに来てくれることを期待していた。
次の日、友人たちが心配して山へ戻ってくるが、沙織の姿はどこにも見当たらなかった。
彼女の行方はわからず、周囲の人々は噂を立て続けた。
「絶望の間に入った者は二度と戻らない」と。
沙織は、その場所で彼女自身の夢になってしまったかのようだった。
それから少しの間、山の近くに住む人々の中で奇妙な現象が報告され始める。
夜になると、沙織の声が時折聞こえ、誰かの助けを求めるような声が、静まり返った空気の中に響いていた。
それは、絶望の間に囚われた沙織の魂が、夢の中でさまよっているかのようだった。
彼女の姿は見えないが、その声は連夜響き続け、近くの村では「彼女は呪われた存在だ」と恐れられる存在へと変わっていった。
一夜にたった一度、彼女の目には絶望の間が浮かび上がってくる。
沙織はその部屋の中で、自分の声すら聞こえず、ただ永遠に迷い続ける夢の囚われ人と化していた。