深い夜、静まり返った葬儀場には、故人を偲ぶ人々が集まっていた。
周囲の空気は重く、張り詰めた雰囲気が漂う。
私は、今日の主役である祖母を失ったことを、まだ実感しきれずにいた。
彼女の存在は私にとって特別なもので、その影を背負い続けなければならないことが、何よりも辛かった。
葬儀の最中、聴衆の前で遺族が涙を流す隣で、私は一人、控え室に足を運んだ。
静寂と暗闇に包まれたその場所で、祖母との思い出が頭を巡る。
彼女は水をとても大切にしていた人だった。
特に、庭の小さな池の水は、祖母のいる場所を象徴するものだった。
その池の水で育った花々や植物たちが、彼女の存在を感じさせてくれた。
「祖母、私、どうしたらいいの?」心の中で叫びながら、私は彼女が生前に語ってくれた話を思い出した。
それは、亡くなった人々がなぜ水を求めるのか、そして、その水が持つ力についてのものだった。
彼女の言葉を思い出すごとに、私は深い孤独感に包まれてゆく。
その瞬間、視界の隅で何かが動いた。
驚いて振り向くと、何とも妖しい光景が広がっていた。
床には小さな水たまりができていて、まるで誰かがそこに立ち寄ったかのように、その水面は波紋を描いていた。
何かが呼んでいるような気がした。
「行くべきなのか?」そう問いかける声が心に響く。
その水たまりへ近づくと、そこには祖母の姿が映し出されているように思えた。
彼女が優しい眼差しで私を見つめ、水面から手を差し伸べている。
心臓が高鳴り、私はその場に立ち尽くした。
祖母は、私に何かを伝えたいのだと感じた。
「あなたの思い出を、忘れないで。」その言葉は、祖母の優しかった声に似ていた。
心の中で彼女の存在を感じながら、私は無意識に水に手を伸ばす。
手が水に触れると、まるでその瞬間に流れ込んできたように冷たく、しっとりとした感触が、身体全体に広がった。
私は次の瞬間、圧倒されるような感覚に襲われた。
水面が波立ち、映る景色が変わっていく。
そこには、過去の記憶が映し出されるように、私が幼い頃の家の庭や、笑い声が響く食卓、そして祖母との日々が浮かび上がってくる。
彼女の声が耳に届く一方で、現在の孤独な現実が次第に薄れていく。
その時、背後から冷たい風が吹き抜け、私は一瞬、背筋を凍らせた。
水面の映像が急に変わり、暗い影が流れ込んできた。
亡くなった人々の未練が水に封じ込められているという祖母の教えが、今、現実となって私の目の前で展開されていた。
抑えきれない恐怖が胸を緊締める。
私は、彼らの視線を感じながら後ずさりし、その瞬間に理解した。
水は一つの橋であり、生きている私と亡くなった彼らを繋ぐ存在なのだ。
しかし、その水は同時に隔てでもあった。
彼らの未練が私に迫ってくる。
祖母の言葉が再び響く。
「忘れないで、その思い出を。」
私は涙を流しながら、自分を取り戻すためにその場を離れた。
葬儀場の静けさの中で、私は祖母の思い出を胸に刻む決意をした。
水の中には彼女の思いと、他の亡くなった人々の未練が詰まっている。
封じ込められた記憶もまた、私が背負うべきものなのだ。
その夜、私は祖母の池に向かった。
水面に映る月明かりを見つめながら、彼女への感謝の気持ちを捧げる。
水の中には、祖母の温もりが残っているように思えた。
私は、新たな決意を持って明日へと歩き出すのだ。
水の裏に隠された影と共に。