雨が降りしきる午後、吉田は傘をさして仕事からの帰り道を急いでいた。
薄暗い空の下、街灯の光が反射した水たまりが、どこか不気味に光を放っている。
持っていたスマートフォンが突然震え、彼の心臓は跳ね上がった。
送信元は大学時代の友人、田中だった。
「急いで戻ってきて！気がかりなことがある」という内容に、吉田の胸に不安が広がった。
数週間前、田中は「気」を敏感に感じる力を持っていると自称していた。
周囲の物や人の「気」を読むことができ、それに基づいてアドバイスをしてくれる不思議な存在だった。
最初は彼の話を面白おかしく聞き流していた吉田だったが、最近彼から何度かとても具体的な警告を受け取っていた。
そうしたアドバイスが、偶然にもいつも的中していたため、次第に信じるようになっていた。
雨が強くなり、視界が悪化する中、吉田は急いで帰宅を決意した。
実家の近くに着く頃には、すでに心がざわついていた。
それでも、田中の声が頭に響いていた。
「気を感じ取ったら、決して無視してはいけない」という言葉だ。
家のドアを開けると、濡れた靴音が微かに響き、静まり返った室内に何かが潜んでいるような気配がした。
自らの気を過信した吉田は、無言で部屋を見回した。
そこにいるはずもない何かを感じ取ろうと、気を集中させたが、何も感じることができなかった。
しかし、その時、背後からかすかな声が聞こえた。
はっきりとした言葉ではなかったが、まるで誰かが吉田の名を呼んでいるようだった。
恐る恐る振り向く。
だが、家には誰もいなかった。
急激に寒気が背中を駆け上がり、不安が膨れ上がる。
気のせいだと思い込もうとしたその瞬間、今度は金縛りにあったかのように動けなくなり、視界の隅に薄い影が横切った。
「助けて……」その声がさらに鮮明に響く。
吉田は恐怖に震えながら、その声の正体を求めて視線を彷徨わせた。
「気が……」声は途切れ途切れだったが、彼の中に恐ろしい予感をもたらした。
田中の警告が思い起こされ、彼は焦りながら部屋を探し回る。
その時、外から雷鳴が聞こえ、次の瞬間、部屋の明かりが一瞬消えた。
暗闇の中、彼の心臓は大きく鼓動し、まるで闇が彼を包み込むようだった。
再び明かりが戻ると、部屋の中央に不気味な影が立っているのが目に入った。
恐怖を堪えようとするが、どうしても目が離せなかった。
「何かがここにいる」と、声は脳裏で繰り返される。
影を見つめていると、その影が次第に近づいてくるのが見えた。
彼は恐怖で動けず、ただ立ち尽くすしかなかった。
「あなたが見つけるべきものは、ここにある」と、影が言葉を発した時、吉田はその影の目が自分を見透かすような気がした。
体が動かないのは、恐ろしい気配に飲み込まれているからだと理解したのだ。
その瞬間、田中の言葉が頭に浮かぶ。
「気の流れが不安定な場所では、注意を怠らないで」
一気にその場から逃げ出すことを意識し、吉田は必死で周囲を見回し、何とか脱出する方法を探した。
部屋の片隅には、古い鏡があった。
思わずそこに手を伸ばすと、影の存在が mirrors そして彼の眼前には映し出される様々な姿が現れた。
人々の気がかりが凝縮され、まるで彼を導くかのようにその気を感じ取ることができた。
おそらく、影は助けを求める魂の一部だったのだろう。
そこで吉田は、自らの気とその影を引き寄せるように集中した。
心を落ち着け、影に語りかけた。
そして、この感覚を活かすことができれば、彼を解放する手助けができるかもしれないという気持ちが強まった。
一瞬の静寂。
雨音が響いていた。
しかし、その静まりは一気に破られる。
影は再び彼の前に姿を現し、「あなたの心の強さを見せてくれ」と告げる。
その瞬間、吉田は周囲の気の流れを感じ取り、力を振り絞った。
「あなたと私は、一緒にこの虚無を超える」と、想いを込めた。
意識が重なり合う瞬間、薄い影が彼の中に吸い込まれていくのを感じ、男性は言葉を失ったまま過去の苦しみと向き合わせられた。
雷が鳴り響く中、次第に目の前の影は消え、吉田は無事にその部屋を後にすることができた。
外に出た瞬間、雨も止み、静寂が訪れていた。
吉田は生き延びたことを実感し、田中の力が、遠くからでも彼を見守っているように思えたのだった。
