「気を奪う少女の霊」

ある夏の夜、田舎に住む佐藤朋子は、友人たちと共に肝試しをすることにした。
場所は町外れの古びたテニスコート。
そこで「気」を扱う怪談が語り継がれており、いわく「夜になると、テニスコートの隅に現れる女の子の霊が、プレイヤーの気を奪ってしまう」と言われている。

朋子は怖い話を聞くのが好きだったが、実際にその場に足を運ぶとなると、少し心が揺らいだ。
それでも、友人の玲香や雅樹、裕介に誘われて行くことを決めた。
彼らはテニスコートに近づくにつれ、日が沈むにつれて空気が薄ら寒く感じることに気付いた。
周囲は静まり返り、かすかな風の音だけが耳に届く。

コートに着くと、薄暗い照明が点滅していた。
朋子たちはわざとらしく笑い合い、恐怖心を和らげるようにしていたが、心の奥には恐れが潜んでいた。
「さあ、誰かが先に行ってみようよ」と裕介が提案したが、誰も立ち上がることができなかった。

「どっちにしろ、行かなきゃ始まらないよ」と玲香が言い、腕を組んで前へ進んだ。
朋子も渋々後に続く。
テニスコートの隅、特に異様な雰囲気を放つ場所に近づくと、朋子は何かの気配を感じた。
「ちょっと…何か変じゃない?」朋子が呟くと、裕介は「大丈夫、大丈夫、何も起きないって」と軽く笑った。

その瞬間、コートの隅からひときわ大きな声が響いた。
「遊んでほしいよ!」朋子たちは驚き、思わず後ろを振り向いた。
そこには、小さな女の子が立っていた。
白いドレスを着て、青白い肌をしている。
目が真っ黒で、無表情のまま朋子たちを見つめている。

「怖い、どうしよう」と裕介が言い、背後にいる雅樹に寄り添った。
朋子は目の前の子供の顔が少し不気味であると感じ、恐怖と好奇心が入り混じった。
女の子はゆっくりと近づいてきて、「私と一緒に遊ぶ?」と笑った。
すると朋子は、その笑顔に何かの「気」を感じた。
彼女の言葉には、どこか引き込まれるような魅力があったのだ。

「ねえ、一緒に遊ぼうよ」と、いつの間にか玲香も言っていた。
朋子は心の中で警鐘を鳴らした。
「やめて、玲香!」と叫ぶと、朋子の言葉は間に合わなかった。
玲香は無意識に少女の手を取っていた。

次の瞬間、朋子の周りの空気が一変した。
コート全体が異様な緊張感に包まれた。
「気」がどんどん吸い取られていく感覚が、朋子の胸をしめつけた。
その光景に裕介も雅樹も恐怖を感じ、全力で逃げようとするが、足が動かない。
背後から聞こえるのは、「遊びたかったのに…」という少女の声。

朋子は意を決して、玲香を引き戻そうとしたが、手を伸ばす前に何かが彼女を引き寄せた。
目の前で、少女がその無表情を崩し、恐怖に満ちた形相へと変わり、朋子は恐ろしさで全身が凍りつく。
少女の顔はかつての可愛らしさを保ちながらも、その目は底なしの闇を湛えていた。

その時、朋子は決意した。
勇気を振り絞り、玲香の腕を強く引こうとした。
「玲香、こっちに来て!」すると、不意に少女の手が玲香から離れ、玲香は朋子の元へ転がるように戻ってきた。

「なんだったの、あの子…」玲香は震えながら言った。
朋子は何も答えられなかった。
ただ、逃げなければならないという思いだけが胸を締めつけた。
朋子たちは、恐怖に駆られながらテニスコートを後にした。

しかし、その後の生活は異変だらけだった。
彼女たちの周りには「気」が無くなったかのように思え、いつも元気だった友人たちがどこか浮かない表情を見せていた。
朋子は気づいてしまった。
己に近づく「気」が何かに吸い取られている。
一度掴まれたら、元には戻れない。
その恐れは、今も朋子たちの心に影を落としているのだった。

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