深夜のトンネル。
誰も通らないこの場所は、かつて事故が多発したことで「死神のトンネル」と呼ばれ、村では恐れられていた。
人は近づかず、通り抜けることすら避けていたが、勇気を試すために一人で入る者もいる。
その中の一人、佐藤は、その噂を聞きつけ、興味半分、好奇心半分でトンネルの中に足を踏み入れた。
トンネルは暗く、湿った空気が漂っていた。
むせ返るような空気に、佐藤は少し戸惑いながらも、懐中電灯の光を頼りに奥へ進んだ。
周囲は静まり返り、時折耳にするのは彼の足音だけだった。
何か不気味な感覚が背筋を走るが、彼はその感覚を無視してさらに奥へ進んだ。
やがて、トンネルの奥の壁に古びた文字が刻まれているのを見つけた。
それは「ここで命を落とした者の霊が彷徨っている」と書かれていた。
その瞬間、背後から冷たい風が吹き抜け、佐藤は振り返ると、すでに誰もいないトンネルの奥に淡い光が見えた。
それはまるで人の形をしているように見えたが、近づくことができず、ただその場で立ち尽くすことにした。
次の瞬間、彼の耳元でかすかな声が聞こえた。
「助けて…助けて…」その声はまるで泣き叫びながら助けを求めるようだった。
心臓が高鳴る中、佐藤は恐怖に駆られ、気を取り直して無意識にその声に向かおうとした。
だが、彼の足は一歩も動かず、声が聞こえた道の先へと進めなかった。
「私を忘れないで…」今度は、その声はもっと強く、はっきりと聞こえてきた。
どうにかしてその声の主と対面しようと、彼は心を奮い立たせ、「誰なの?」と問いかけた。
しかし返事はなかった。
ただ、不気味な静寂がその場を支配した。
突然、トンネルの中が異様な感覚に覆われ、周囲の温度が急激に下がった。
目の前に現れたのは、薄い白い服を着た少女の霊だった。
彼女の目は虚ろで、何かを訴えかけるように佐藤を見つめている。
その姿に恐れおののきながらも、佐藤は心の中で何かが彼女と繋がっている感覚を覚え、思わず目を閉じた。
「私は、ここで…生きていたのに…」その言葉は、彼の心に直接響いてきた。
佐藤は彼女の過去に引き込まれるように、自分自身の記憶の中をさまよった。
彼の前には、彼女が事故に遭った瞬間や、彼女が望んでいた未来が映し出されていく。
彼女は愛する人と一緒にいることを望んでいたが、結局一人でトンネルに閉じ込められてしまったのだ。
「どうして助けてくれないの?」彼女はさらに強い声で言った。
その声は、佐藤の胸の奥を掻き乱した。
彼は彼女に感情移入し、彼女が抱える苦しみを共に感じつつ、どうにかして彼女を解放しようと心に決めた。
「私ができることがあれば、教えてほしい!」と佐藤は叫んだ。
しかし、彼女の霊はさっと消え去り、トンネルは再び静寂に包まれた。
佐藤はその場に立ち尽くし、彼女の言葉を思い返した。
果たして、彼を待っていた運命は何なのか。
その日から佐藤は、あの「死神のトンネル」にまつわる恐怖の話を集め、村の人々に彼女の存在を伝えることを決意した。
彼女の無念を晴らすため、そして彼女が望んでいた未来を忘れさせないために。
彼は再びトンネルに行くことを決め、その生涯を賭けて彼女の物語を広めることになった。
救いを求める声が、彼の心に深く刻まれることになったのだ。