「止まった猫の涙」

止まった街、名もなき小村には、不気味な伝説が息づいている。
村のどこかにあるとされる「止まった猫」は、誰もが聴いたことのある古い話だ。
猫はかつて、この村に住む人々の心の片隅で生きていた。
しかし、ある日、村人たちは突然の悲劇に見舞われた。
新たな祭りの準備を進める中で、無垢な祭りの行いが凶事を招いたというのだ。

村人の一人、佐紀は、祭りの日の夜、猫と関わることに決めた。
彼女は幼い頃から、祖母から聞かされていた猫の話に興味を持ち続けていた。
猫は人々を護り、同時に彼らの町を見守る存在だと言われていたからだ。
しかし、佐紀がその猫を再び見つけ出そうとすることは、村の運命を狂わせるきっかけとなるとは、誰も予想していなかった。

その夜、村の祭りの準備を終えた佐紀は、周囲の暗闇へと足を踏み入れた。
漠然とした不安が彼女の心に広がる。
猫を探すうちに、彼女は古びた神社の存在に気づいた。
人々が避ける場所で、そこには祭りの準備が失敗したときに頼まれた生贄が祭られているという噂があった。
神社の奥には、血塗られた祭具が取り残されている光景が広がり、佐紀は息を呑んだ。

神社の周りを囲むようにして、影がちらつく。
猫の鳴き声が耳に響く。
佐紀はその声に導かれ、霧のような何かに包まれた。
重たく黙り込む闇の中、彼女は襲いかかる心の恐怖を振り切ろうとした。
しかし、足元では何かがうごめいている。
恐る恐る視線を下ろすと、そこには小さな黒猫が現れていた。
目は金色に輝き、彼女を見つめ返している。

佐紀はその猫に惹かれ、不思議な感覚を覚えた。
まるで彼女自身がこの猫と一体化しているかのようだった。
猫が近づくにつれ、あの伝説が囁かれる。
「止まった猫は生者と死者の狭間にいる。彼を呼び寄せた者には、運命の選択が待っている」と。

どこからともなく現れる影とともに、祭りの準備で忘れ去られた祭具が目に入った。
となりの影が手を伸ばし、祭具へと伝わる。
佐紀は心の奥底で何かが変わる感覚を覚えた。
その瞬間、視界が一変し、神社の周りに現れたのは、無数の猫たちの涙だった。
彼女はその悲しみに溢れんばかりの声を聴く。
そして、彼女が選ばれた理由を理解した。

猫たちは彼女を生贄にしたのだ。
佐紀は恐怖に駆られ、後ろを振り返ったが、そこには誰もいなかった。
村は今や、生者を拒絶する闇に覆われている。
ただ、猫たちの鳴き声が静まり返り、彼女の心の中で重苦しい音が響き続ける。
儀式は始まろうとしていた。

祭りの日、村には人影が消えていた。
空の雲が重くたれこめ、人々には楽しい祭りの雰囲気が薄れた。
佐紀は、猫たちに選ばれた自分自身を見つめ直した。
心の闇が静かに彼女をつつみ、その時、彼女は初めて止まった猫の意味を理解した。

彼女は猫となり、村を見守り続ける存在となった。
悲劇の生贄は暗闇に溶け込み、村の至る所を見ることができる力を得た。
何が起ころうとしていても、村人たちからは忘れ去られる存在として。
しかし、祭りが訪れるたびに、彼女の心には生け贄の声が残り続ける。
猫たちの悲しみを抱え、村を歩き回る彼女の姿は、止まった世の中でゆっくりと動き出す運命の一頁となっていった。

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