「橋の向こうの影」

春の穏やかな午後、小さな街のはずれにある古い橋が立ちふさがっていた。
その橋は、町の人たちにとって特別な場所だった。
地元の子供たちはその橋の上で遊び、大人たちは街の中心へ向かうための通り道とし、その存在を無視できないものであった。
しかし、誰もが知らない秘密がこの橋には秘められていた。

一人の若い女性、名前は香織。
彼女は都会からこの街に引っ越してきたばかりだった。
新しい環境にまだなれず、友達も少なかった彼女は、散歩がてら橋の周りを歩くことが多かった。
ある日、香織はその橋のたもとで、何か不思議なものを見つけた。
それは古びた鳥居だった。
鳥居の上には見慣れない文字が刻まれており、そこには「望まざるものは去れ」と書かれていた。

その瞬間、香織の心に不安がよぎったが、彼女は思い切ってその鳥居をくぐることにした。
すると橋の中央に差し掛かった時、急に雲が厚くなり、周囲が不意に暗くなった。
彼女は一体何が起こっているのか理解できず、恐怖を感じた。
橋が揺れ、彼女は足をすくめて立ち尽くしてしまった。

その時、彼女は周囲の景色に変化が生じているのを感じた。
彼女の目の前には、街の風景がどんどん消えていって、代わりに目にしたのは、霧に包まれた異様な世界だった。
橋の向こう側には、灰色の町並みが広がっていた。
どこかで見たような風景だが、全てが無気力で色彩を失っているように見えた。

香織は恐る恐るその景色を見つめた。
突然、耳元で誰かの声が聞こえた。
「ここは、見てはいけないものが見える場所だ。」振り返るが、誰もいない。
心臓が高鳴る。
その声は、気怠そうで、どこか哀しげだった。

「あなたの望んでいるものは、本当にそこにあるのか?」声は続けた。
「無くしたもの、失ったものは、一度この場所を経由していくのだ。」

香織は理解できなかった。
彼女の望みは、都会での成功であり、新しい友達との出会いだったはず。
ただ、その頃から、彼女は何かを見失っていた。
恐れと共に、自らの心の奥にある闇がまざまざと見えてしまったのだ。

背後で不気味な気配を感じ、香織は再び振り返ると、そこには影のような存在が立っていた。
それは、まるで彼女自身の映し出された部分のようでもあり、彼女が一番恐れている自分だった。
「私が存在しなかったら、どうなる?」その影は問いかけてくる。
香織は何も答えられなかった。

その時、香織はまるで誘われるように、自身の過去の記憶が次々と脳裏に蘇った。
無くした友達、築けなかった絆、成功できなかった焦燥感。
それは、彼女にとって耐えがたい現実だった。
香織は目を背けたくなるようなその記憶に押しつぶされそうになった。

「これがあなたの望み?向こう側に行ければ、全てが手に入るのにな。」その影が冷酷に嗤った。
香織は混乱し、自分が本当に何を望んでいるのかを見失いそうになった。
目の前で広がる霧の中、だが何かを求め、出発する勇気が必要だと気付く。

彼女は決意した。
「私はこの現実を捨てない。」その瞬間、周りの景色が再び動き、彼女を現実の橋に引き戻した。
香織はほっと息をつき、急いで橋を渡りきった。

恐怖を感じながらも、その後彼女は鳥居へ近づくことはなかった。
あの橋は、今も静かに彼女を見つめ続けている。
ただ、香織は自分の心の奥に向き合い続け、何か大切なものを取り戻そうとしていた。
それが、現実の中で生きる彼女という存在だったから。

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