「椿の木と犬の守り神」

静かな山奥に佇む宿、その名も「清風庵」。
観光地としても知られるこの宿には、古くからの噂があった。
宿の周囲には、かつてある村が栄えていたが、突如として人々が消え去り、村は廃墟と化したという。
その村には、一本の大きな椿の木があり、その木の下にはしばしば不気味な現象が起きていたと伝えられていた。

ある晩、大学生の修一は友人たちとこの宿に一泊することにした。
宿は古いが、どこか温かみのある雰囲気が漂い、彼らはのんびりとしたひとときを楽しんでいた。
夕食を終え、彼らは宿の周りを散策することにした。
途中、修一は宿の裏手にある大きな椿の木を見つけた。

「この木、すごいな…」修一が言うと、友人の安田が近づいてくる。

「この椿、昔の村の守り神って言われているらしいよ」と安田が言った。
修一は不思議に思い、木の周りをぐるりと回る。
すると、突然、木の根元に小さな犬が現れた。
犬は無邪気に尻尾を振り、二人に近づいてくる。

「可愛い犬だね!」修一が手を差し伸べると、犬はおとなしく寄ってきた。
しかし、安田は何か気にする様子で言った。
「この犬、見たことない犬種だな…」

犬は修一の手をペロリと舐めると、何かを訴えるようにその場で吠え始めた。
不気味さを感じながらも、彼は犬を撫で続ける。
「おい、こいつには何かあるんじゃないか?」安田の言葉に、修一は犬の瞳を見つめた。
深い闇を抱えたような、その瞳は彼に何かを伝えようとしているようだった。

その後、修一たちは宿に戻り、夜を迎えた。
夜中、修一は窓の外で何かの気配を感じ、目を覚ました。
暗闇の中、あの犬が再び現れた。
修一は驚いたが、犬は白い煙のようなもので包まれており、その姿は次第にぼやけていく。

「どうしたんだ、君は…」問いかける修一に、犬は吠え続ける。
その瞬間、宿の周囲から奇妙な声が響き渡った。
「人の世、犬の世…繋がりし者すら…」信じられない光景が目の前に広がり、宿の周囲に浮かぶ無数の人影が見えた。

「修一、大丈夫か!」安田の声にハッとなり、修一はその場から逃げ出した。
彼は宿の外へ駆け出し、椿の木の元に辿り着いた。
すると、そこにはあの犬が待っていた。
犬の瞳は今や、深い悲しみに満ち、何かを訴えている。

「この世とあの世、繋がる場所…私たちを守れ、守って…」犬の声は人間の言葉になり、修一の耳に響いた。
彼は恐怖に駆られながらも、犬の目を見つめ返した。

「何を守ればいいんだ?」修一の問いかけに、犬はその細い体を震わせながら答えた。
「心の繋がり、忘れずに…私を通じて、選ばれた者たちの想いを…」

修一はその言葉の意味をつかめぬまま、恐る恐る再び宿へと戻る決心をした。
宿の扉を開けると、室内は静まり返っていた。
友人たちも不安そうに揺れているが、その時、あの犬が再び現れた。
彼はその姿を宿の中に呼び込んだ。
安田も突然現れた犬に驚き、思わず叫んだ。

「何だ、こいつは!」犬は軽やかに近づき、皆に向かって吠えた。
その声は拡がり、宿の周囲に響くような力を持っていた。

「この場所は、思い出の場所、過去を越えた繋がりを持っている…」修一は、犬の言葉が頭に響いてくる。
姿を消し、再び見えない世界に戻る犬の背中に、宿の人影が徐々に薄れていくのを見つめながら、彼はこの場所の不思議さを噛み締めていた。

その夜、修一は眠ることもできず、ふとした瞬間に犬の姿を思い出していた。
彼が知ることのできたのは、宿がただの宿ではなく、心の繋がりの架け橋であること。
そして、その犬が果たしている役割、守るべき存在であることを知ることだった。
犬と、かつて廃墟掉してしまった村との繋がりを感じながら、修一たちはその後、宿にまつわる秘密を共有することにした。
その後、彼らは帰路につき、あの山の記憶を抱えていくことになるのだった。

タイトルとURLをコピーしました