「森の奥の悲しみの目」

静かな夜、田舎の村に住む佐藤絵梨(えり)は、何年も前から村に伝わる言い伝えを知っていた。
それは、夜に一人で森に入ると、その森の奥に住む「目」を持つ何者かに出会うというものだ。
村人たちは、その存在を恐れ、決して夜の森に足を踏み入れないように注意しあっていた。
しかし、好奇心旺盛な絵梨は、その伝説を実際に確かめようと心を決めた。

ある晩、絵梨は静かな月明かりの中、森へと向かった。
星たちが瞬く空に、彼女の心は高鳴っていた。
森の中は薄暗く、木々が不気味に揺らめく。
音もなく進む絵梨は、次第に気配を感じるようになった。
心臓がどくんどくんと早くなるのを感じながら、彼女はさらに奥へと足を進めた。

森の中に足を踏み入れてからしばらくすると、絵梨の目の前に一つの光る目が現れた。
その目は一つだけ、大きくて、様々な色彩に輝いている。
まるで心を読まれているかのような感覚に襲われ、絵梨は恐怖に凍りついた。

「私を見ているの?」思わず呟いた絵梨。
その瞬間、目はゆっくりと絵梨に近づいてきた。
まるで彼女の心の中を覗き込むかのように。
その目は、村の過去や彼女の思い出までをも映し出しているような、異様な感覚を与えた。

一瞬、絵梨の脳裏に村に住む人々の笑顔がよぎった。
しかし、それと同時に、村の廃れた古い家や失われた笑顔たちが浮かび上がる。
絵梨はその目が、村の人々の悲しみや恐怖を凝縮しているのではないかと感じ始めた。
「どうしてこんなところにいるの?あなたは何者なの?」思わず質問してしまった。
しかし、目は何も答えず、ただ静かに彼女を見据え続けた。

その時、絵梨は目から強い光が放たれ、多くのビジョンが頭の中に押し寄せてくるのを感じた。
彼女は突然、村で起こった数々の悲劇を目の当たりにした。
人々が恐れ、泣き、そしてその恐怖がその森に生き続けていることに気づいた。
「この目は、見守っているのか、それとも呪っているのか…」

恐怖に駆られた絵梨は、思わず目を逸らしてしまった。
その瞬間、目は一瞬にして消え去った。
周囲は静まり返り、森の中には再び静寂が訪れた。
彼女はその場から逃げるように走り出し、村へと辿り着いた。

絵梨が村に戻ったのは、夜明け前の薄暗い時間帯だった。
彼女はその出来事を誰にも話せずにいた。
どうしても、あの目の存在を人に話すことができなかった。
時間が経つにつれて、彼女は村人たちの恐れや悲しみが続いていることを理解していく。
一方で、自分一人がその目の存在を知ってしまったという孤独感も抱えるようになった。

その後、絵梨は森には近づかなくなったが、夜になるとふとあの目の存在を思い出してしまう。
村の人々は相変わらずその言い伝えを信じているが、絵梨にとってはその目が意味するものがひどく重たくのしかかっていた。
そして彼女は、今もなお「目」を持つ何者かが森の奥に生き続けていることを、心の底から恐れているのだった。

タイトルとURLをコピーしました