原という名の小さな集落には、一つの古びた神社があった。
その神社は、地元の人々にとっては信仰の対象であり、また一方で忌み嫌われている場所でもあった。
なぜなら、神社の裏手には、決して近づいてはいけないとされる森が広がっていたのだ。
行という若者は、原の村に住む普通の青年だった。
彼は平穏な日常を送っていたが、何か刺激を求める心が少しずつ芽生えていくのを感じていた。
ある日、友人たちとの話の中で神社の噂が出た。
曰く、夜になると神社の周囲で不思議な現象が起こるというのだ。
特に、神社の森からは時折「然」と呼ばれる声が聞こえるという。
行はその噂を聞いて興味を持った。
彼は自分の目で確かめるために、夜の神社へと足を運ぶことにした。
月明かりが薄暗い神社を照らし出し、彼の心臓は高鳴りだした。
しかし、彼の心には興味と恐怖が入り混じっていた。
彼は友人たちを誘ったが、誰もがその場から離れたがっていたため、行は一人で行く決心をした。
夜が深まるにつれ、行は神社に到着した。
静寂に包まれたその場所は、不気味ささえ感じさせた。
彼は神社の前に立ち、しばらく周囲を見回していた。
その瞬間、彼は森の中から何かが動く気配を感じた。
「けっ」と声が聞こえ、思わず振り返ると、茂みの中から一筋の風が吹き抜けた。
彼は背筋が凍りつく思いをしながらも、好奇心が優先した。
「よし、行ってみよう」と彼は自分に言い聞かせ、恐る恐る森の方へと足を踏み入れていった。
道はあまり整備されておらず、足元を確かめながら進むと、妙な静けさが広がっていく。
何かが彼を呼んでいるかのような感覚に、彼は段々と引き込まれていった。
しばらく歩いていると、ふと彼の視界の端に、ぼんやりとした光が見えた。
それはあたかも無数の小さな火が点いているかのように、彼を誘うように揺れていた。
行は興奮のあまり、その光に向かって急ぎ足で近づいた。
すると、そこには古びた祠があった。
周囲は薄暗いが、祠の周辺だけが異様な明るさを放っていた。
彼は興味を持ち、近づいてみた。
祠の前には小さな祭壇があり、古びたお札や花が供えられていた。
しかし、行はその場の異様な雰囲気に何か引っかかるものを感じた。
彼が手を伸ばし、お札に触れた瞬間、突如として風が吹き荒れ、その場に不気味な声が響いた。
「戻れ、戻れ!」という声が森の奥から聞こえ、彼はすぐに身を引いた。
行は恐怖に駆られ、急いで神社へと引き返そうとした。
しかし、彼の足元にあった樹根につまずき、倒れ込んでしまった。
体が地面に触れると、再び不気味な声が聞こえる。
「じっとしていてはならぬ、時は来ている。」行はその言葉に戸惑いを覚えた。
そんなとき、彼は遠くから人影が近づいてくるのを見た。
その影は、かつて神社を訪れたことのある人々の姿に似ていた。
しかし、彼らの顔はぼやけており、彼の目にはただの影として映るだけだった。
近くに立った瞬間、彼らは口を動かすが、声は聞こえなかった。
行は恐怖に襲われ、必死になってもがきながら逃げだそうとした。
その時、彼の脳裏には親しい友人たちの顔が浮かび、彼は本能的にその影たちの手を振り払った。
すると、その影たちは消えていった。
声は一瞬止まり、その後に静寂が訪れた。
ようやく神社の境内に戻った行は、そのまま逃げ帰った。
そして、彼はその出来事の意味を考えた。
平穏な日々を送ることができる境界が、神社と森の間に存在することを痛感した。
以来、彼は神社に近づくこともなく、平穏な日々を大切にしながら、あの不気味な声を忘れないよう、心に留めておくことにした。